鬼ごっこ
草木に付いた朝露が太陽の光を反射し幻想的な景色を醸し出す【悠久の森】を一人の青年が物見をするかのように歩く。
青年の名はシュゼン。
これから大陸にその名を轟かせる英雄だ。
シュゼンは近づいてくる生き物を剣で斬り伏せ、その生き物に高速で剣を振った。
すると生き物は早送りで見ているかのようなスピードで皮が剥げ、肉が各部位ごとに分かれ、骨に身一つ付かず解体された。
それが落ちる前に下の空間が裂け、その空間に収納されていく。
この生き物は通常魔物と呼ばれる生き物だ。
詳しいからくりは省くが、人に害をなす生物だ。
今強力な技や魔法を駆使し、生命力が高く、人肉を好んで食べる厄介な生き物であり、その素材は人々にとって対抗するものとなる。
先ほどの魔物は【エレファントブル】と呼ばれる二本角の魔物で、世間ではAランクに分類される。
その角は加工すると剣や槍等になり、骨は鎧に、皮は衣類や革製の防具となり、肉は食される。
こういうようにして人間は魔物と対抗するのだ。
まあ、シュゼンはそんなこと知らないだろうが。
骨を集めるのは良い出汁が取れるから、皮は服が破れても新しいのが作れるから、肉は食べることが出来るからだ。
それにこれからは金になると言われたから集めているのだ。
「本当にこんなものが金とやらになるのでしょうか? 疑問ですねぇ」
シュゼンは地面に散らばった血を指を鳴らすことで一カ所に集め、霧にして消し去っていく。
地は生き物を誘き寄せるとリュウヤに言われているからだ。
これが修業ならいいが、忙しいときには不要なことなのだ。
シュゼンが行ったのは水魔法と呼ばれる魔法で、魔法名はシュゼンにしかわからない。
と、そこへシュゼンの脳内に声が響いた。
『シュゼン、俺も連れて行ってくれよ。相棒だろう?』
「君、デカいからダメですよ。小っちゃくなれるのなら別ですが」
シュゼンのことを相棒と言っているこの声は脳内に直接響いているようでそこから聞こえているのか分からない。
シュゼンには分かっているようだ。
『小さくなれれば付いて行っていいのか! なら小さくなる!』
上空でポンッと、軽快な音が鳴るとシュゼンの頭の上に両手で抱えられるぐらいの真っ赤な鳥が留まった。
どうやらこの鳥がシュゼンに話しかけていたと声のようだ。
鳥は可愛いが、噴き出る魔力とオーラはここら一帯の生き物のどれよりも大きく強い。
シュゼンもそれに気づいたようで忠告する。
「まだダメですよ。そのダダ漏れの魔力とオーラを仕舞ってください」
『おお、忘れてた!』
すぐに魔力とオーラが仕舞われ、感じていた威圧感がなくなった。
「師匠の話を聞いていたのですか?」
『ああ、そうだ。なんか楽しいところに行くそうじゃん。俺も退屈してたんだ。ちょっとくらい出掛けてもいいだろ?』
「そうですね。君がここにいても退屈なだけでしょう。僕も話し相手が出来てうれしいですよ。それにこれから道に進みとなるとちょっと怖かったですからね」
『相棒が怖いってか? 笑わせんな。ワクワクして堪んねえんじゃねえか?』
シュゼンは頭の上に乗っている鳥に向かって微笑むと両手を左右に開いて肩を竦めた。
鳥はそれがおかしくてさらに笑い声を上げる。
鳥の名前はここら一帯を支配する【不死霊鳥鳳凰】だ。
所謂フェニックスと呼ばれる鳥だ。
名をロギーと呼ぶそうだ。
どうしてシュゼンと仲がいいのかは何時か話そう。
一人と一匹は深い森の中を彷徨ように外へ向かって歩く。
この森の中で迷わないのはロギーのおかげでもあり、シュゼンが魔力が薄くなっている方向に進んでいるのも関係している。
【悠久の森】を数日かけて歩き、今日やっと森を抜け、普通の森へと出た。
既にここはシュゼンにとって初めて通る道となっている。
ロギーもあまり外には出ないためシュゼンと同じく景色が変わったことに興味深そうにしている。
【悠久の森】とは違い、此処は【フルーゼの森】と呼ばれる【フルーゼント王国】に群生する森の中なのだ。
【フルーゼント王国】とは、この大陸にある四大国の一つであらゆる種族が住む多種族国家だ。
この世界にも奴隷はいるが王国では厳しく監視され、奴隷に対しての犯罪は刑罰となる。
また、奴隷になるには身を落すか、出稼ぎ、犯罪等がある。
王国は世界でも有数の国であり、隅々まで統治され治安が良く、多くの人で賑わう国なのだ。
まあ、それでも犯罪は後を絶たないのだが……。
シュゼンに取ってこの国が出発点となりよかったのか、将又よくなかったのかはまだわからない。
それからさらに数日間歩き続け、二人が景色に飽きてきたところへ前方から悲鳴が聞こえてきた。
「何か聞こえましたね」
『ああ、俺にも聞こえた。行ってみるか?』
「そうですね。何か面白いことでもしているのかもしれません。行ってみましょう」
『そうこなくてはな!』
シュゼンは脚に魔力を込めると地面が爆ぜる勢いで蹴り付け、あっという間にその場から掻き消えるように消え去った。
猛スピードで進んでいくにつれて強化された耳に先ほどの悲鳴がよりはっきりと聞こえてくる。
「あ、見えてきましたよ?」
『お、本当だ。……あれは何をしているのだ?』
「……さあ? 私には師匠から聞いた鬼ごっこという遊びをしているのではないかと思うのですが……」
シュゼン達の目の前では革の鎧と短剣を握った二十歳ぐらいの女性が泣きながら走っていた。その後ろには涎を垂らし、下卑た笑いを上げなら追い駆けているぼろい服装の大柄な男達が五人いた。
シュゼンは見やすい場所に陣取り、その様子を見学する。
『確かに鬼ごっこだ。この鬼気迫る表情の女とその後ろをまるで食べるかのように追い掛ける男、これが鬼ごっこなのか』
「きっとそうですよ。ですが、あれは子供達がする遊びだと聞いたのですが……あれは子供ですか?」
『いや、子供というとお前のようなやつを言うはずだ。あれはリュウヤと同じ大人、というやつだ』
「では、これは鬼ごっこではないのでしょうか?」
シュゼン達は鬼ごっこについて知っているようで知らないようだ。
『ま、楽しそうにやっているからいいんじゃねえか? 邪魔しちゃ悪いからとっとと街とやらを探そうじゃないか』
「それもそうですね。では、今度はあちらに行ってみましょう」
この状況で、と言いたいが何も知らないシュゼンに気付け、というのがおかしいのだろう。
金の入手等を知らない時点でこれが危ないと気づけないのも仕方ない、の……か?
シュゼンがそう言って立ち上がると、その声が聞こえていたのか女性が大声でシュゼンを呼んだ。
「ちょ、ちょっと待ってえええッ! そこの人助けてッ!」
シュゼンは立ち止まり後ろを振り返るが、また前を向いて歩き出そうとする。
女性は驚愕に目を開き、シュゼンに向かって走り出した。
「助けてって言っているでしょおおッ! 何で逃げるのよおおッ!」
また女性が大声で助けを呼ぶが、これが遊びの一環だと思っているシュゼンには通用しない。
仕方ないなぁ、と眉を細めるシュゼンはにっこり微笑む。
女性は助けてくれる、と勘違いして喜びに胸を温めるが、予想通りシュゼンは上へ飛び上がってニョキッと出ていた枝にぶら下がった。
そのまま男達を蹴りつけることもなく枝へよじ登り、下を通り過ぎていく女性達に手を振って送る。
「助けてくれるんじゃなかったのよおおおッ!」
「げひゃひゃひゃ、ナイスだ坊主!」
「わはははは、お前は狙わねえようにしてやるぜ!」
「お前、仲間にならねえか! ギヒヒヒ」
普通に女性を見捨ててしまったシュゼン達はなんだか釈然としない気持ちになった。
シュゼンは腕を組んで難しい顔をすると頭の上のロギーに訊ねてみる。
「あれは鬼ごっこじゃなかったのかな?」
『そう言えばよぉ、リュウヤのやつは鬼は一人とか言ってなかったか?』
「あ! そう言えばそういうようなことを言ってましたよ。すっかり忘れてました。鬼ごっことか師匠としかしたことがないもので」
『じゃあよぉ、さっきの女は助けた方が良かったんじゃねえか?』
「そうですね。では、助けに来ましょうか」
マイペースなシュゼンとロギーはそうと決めると枝の上から降り、先ほどと同じように地面を蹴りつけると全速力で追い駆け始めた。
今度こそ鬼ごっことなるだろう。
シュゼンが走ってすぐに女性の隣に追いつき、間違えては失礼だとロギーに言われたのでまずは遊びかどうか聞くことにした。
「ちょっと失礼しますね」
「あ! さっきあたしを見捨てた人! 何用よッ!」
シュゼンはああ、これは怒らせちゃったのですか? なぜ? とどうでもいいことを考えていた。
「何をしに来たのよ! 私は逃げないといけないの! 助けてくれないあんたはどっかいきなさいよ!」
跳ね除けるように言っているがこれは女性なりの思いやりだった。
先ほどのシュゼンの行動を咎めるのはマナー違反なのだ。命に危険となるようなことは極力避ける、他人を助けに入って命を失っては本末転倒だからだ。
それに、よく見ればシュゼンは自分よりも年下と思え、そんな彼に頼った私は最悪だ、と落ち込んでいたのだ。
この女性は根はいい人のようだ。
「いえ、お聞きしたいことがあるのですが、忙しいのなら後ろの人に聞きますね」
では、と言って下がろうとするシュゼンの手を慌てて取って引っ張る。
その目は驚愕に見開かれている。
まあ、それも当たり前だろう。
「あ、あんた何やってんのよッ! この状況を理解してんのッ!」
全力疾走をしながら、これほど絶叫できるということは体力は結構あるようだ。
「何って……鬼ごっこ、ですよね」
シュゼンは腕を組むと深く考える振りをして、爽やかな笑みを浮かべて言い放った。
語尾が上がり、女性には爽やかさの他にもおちょくられたように感じた。
「どこがよッ! 確かに鬼みたいな奴に襲われてるけど……あんたは、どこを、どう見たら、鬼ごっこをしているように見えるのよッ!」
背後をちらりと見てそう言うと、女性はシュゼンの胸ぐらを掴み前後に振る。
シュゼンは「ああ~」等と言い、気持ち悪そうにしている。
「小僧! 巻き込まれたくなかったらその女を置いて行け!」
「そうだぜ! お前は見逃すって約束したからよ~」
「ギヒヒヒ」
盗賊達は武器を掲げ、下卑た笑いを出しながら追いかけてくる。
シュゼンは言われたことを考え、指を立てて言い放つ。
「やっぱり鬼ごっこじゃないんですか?」
「最初からそう言っているでしょ……。ぁ、もう、ダメ……。足が動かない……。死ぬぅ……」
「ほら、走らないと追いつかれますよ。あなたの限界はまだ先です。人は簡単には死にません」
シュゼンは女性に発破をかけるが、女性はそれに返す体力も、見る気力もないようだ。
シュゼンはキョトンと首を傾け、どうしたのかと考える。
シュゼンにとってはこの速度は普通なのだ。いや、歩いているのと変わらないのだ。
だから、疲れるという発想が出てこない。
まったくもってシュゼンは常識というか、物事を知らな過ぎるというか……。
兎に角、シュゼンに必要なのは常識だ。
「どうしましたか? このままでは捕まりますよ?」
「ぜぇ、ぜぇ、そう、ね。あんたは、とっとと、にげ、なさい。捕まった、ら、最後、よ」
「捕まったら最後? どうしてですか?」
「どうして、って、奴隷に、なるか、殺さ、れるのよ」
女性は今にもこけて倒れそうなほど疲弊している。
先ほどまでの勢いが嘘のようだ。
シュゼンは眉を顰めて背後の盗賊を改めて見た。
「あの人達は悪い人だったんですね……。助けてほしいですか?」
「ん……何か、してくれんの?」
「いや~、ちょっとお願いがありまして、それを聞いてくれるのなら助けてあげますよ?」
「ん……なんで、も聞く。にげなさい」
女性はもはや疲れ果てて頭の中で考えが纏まらないようだ。
シュゼンの言葉は恐らく、右から左へ抜けていっているのだろう。
帰ってくる言葉は支離滅裂だ。
「そうですか! ありがとうございます」
シュゼンは腰に差している剣を抜き放つとニッコリと盗賊に微笑んで足に魔力を込め突っ込んでいった。
「なっ!?」
さすがの女性もその行動は予測していなかったようで、消えかけていた意識が復活した。
「な、何だ……」
「煩いですよ?」
「ぎゃ」
盗賊が突如向かってきたシュゼンに困惑した瞬間に五人全員が切られ、地面に夥しい量の血が流れていく。
シュゼンは剣の血を水魔法で綺麗にすると水を拭き取り鞘に戻す。
女性は目の前で起きたことに驚愕し、目を見開いた状態でその場にへたり込んでいる。
シュゼンは女性の元へ行き声をかける。
「では、お願いを聞いてくれますか?」