天帝の瞳がもう一度開かれる事はなかった。
華具夜は大いにその事を哀しみながらも、天帝の座を引き継ぐ事を決めた。一度は天帝を追って、自殺する事を考えたが、命を賭して救われた身を進んで散らす事はできなかった。
継母の手によって傾いた都を復旧させるため、その天力を駆使して民に尽くすことを誓う。
ひとりの幼くも美しい姫が、新たな天帝となった華具夜の前に連れてこられる。
その者は華具夜の妹であり、そして彼の嫌った継母のひとり娘でもあった。
初めて出会う妹。その姿は幼くも凛々しさを兼ね備えていた。そこに華具夜は父の面影を見つけ僅かに微笑む。それと同時に継母から卑しさを受け継いでいない事に安心した。
だが妹であり、自らが愛した相手の子と言えど、その処遇に情けは掛けられない。
諸悪の根源は継母にあるとはいえ、悪政は妹の名の下で行われていたのだ。彼女を罰せねば民は納得しない。
前天帝である彼の父親がそうしたように、華具夜は彼女に罰を下す。それはかつての自分と同じ、地球への流刑だった。
ただ不便のないよう、内密に多くの財を持たせ、信用に足る人物のもとへと託す事とした。
華具夜が妹を害さなかったのにはひとつの考えがあった。いかに天力で解毒したとはいえ、彼は多くの毒を体内に入れたのだ。いまは問題がなくとも、死期はそう遠くないうちに訪れる。
その時に、天帝の座を継ぐ者がいなければ再び月の都は乱れる事となる。子を残す意志がない彼は、いずれ妹を月に呼び戻し、彼女に天帝の地位を引き継がせることを考えていたのだ。
「流刑の期間は仮に一〇年とする。
その間に地球に住まう人を愛し、子を宿せばそのまま地球に残っても良い。帰るも帰らぬもおまえ次第だ」
彼女が帰らぬ時は、別の手段を考える事にし、選択は妹自身に委ねた。
そして自らを見上げるまだ狭い額に触れると、その身体を幼子へと戻し、竹のような外観をした舟に乗せる。
華具夜は妹を乗せた舟を地球へと流し、その様子を見送り祈る。
「せめて彼女くらいは幸せになってもらいたいものだ」と。
だが彼は気付いていなかった。
自らを仰ぎ見る妹の瞳が、天帝を見つめる自分と同じものであった事を……。
〈了〉
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