◆ 人の知らない物語

「うだぁぁぁぁぁっ!!」

 ミカノの絶叫が森にこだまする。

「森っ! どこっっまで行っても、森ぃぃぃぃぃっ!」

 両手をわきわきとうごめかしながら叫び続ける彼女を、少し離れた位置でなんとはなしにケイヤは眺めていた。

 歩き続けて約二日。

 魔法の影響下のためか朝夕の区別がつかなく、自身の体内時計と今までの野宿の経験上、“恐らく二日”過ぎていると考えるにすぎない。

 本当にそれだけ日数が経過しているのであれば、マサアとキーナはとっくに隣の大陸へ渡ったであろうし、タヤクとミナミもさすがにあの洞穴を攻略しているだろうと考える。

 ケイヤとミカノも休息を挟みつつ魔力の発生元を探しているが、何も得られていない。ミカノが魔力を感知しているのだが、如何せんこの靄自体が魔力によるものなので、いまいち判別がつかないようだった。なにせ霧は、辺り一面に充満しているのだから。

 ケイヤに関しては魔力を感知するような能力もないので、彼女だけがこの森を攻略できると言っても良い。

 さすがのミカノでも限界を感じたらしく、雄叫びを上げて気を取り直そうとしたのか、肩で息をしながら後ろを歩くケイヤへぐるりと体を向けて向き直る。長く集中していた為か額にはうっすらと汗が滲み、紅い髪が幾本か張りついていた。

「わっかんないわよ、こんなもんっ!」
「だろうな」
「探索範囲広すぎんのよバカやろうっ!」
「そうか」
「あぁぁぁっ! つまんないわよケイヤっ!」
「悪かったな」

 そう返したけれど、ケイヤ自身も自分が相手では退屈だろうと分かっていた。
 ここにいたのがタヤクやマサアならぽんぽんと言葉が飛び交い、さぞかし賑やかになっただろう。キーナでさえ、ミカノ相手なら嫌味なりただの雑談なりを楽しんでいたはずだ。

 そもそもケイヤは、会話というものをどうやってすればいいのかが分からない。

 最低限のことは言葉を交わすし、話にも交ざる。逆に、話し掛けられても不快に思うことはない。聞く分には特につまらないということもないからだ。

 しかしミカノはとにかくよく喋る。歩き通しにもかかわらず、会話が途切れることはほとんどなかった。
 もっともケイヤは相槌を返すばかりで、会話の提供は全てミカノからだったが、よくもそれだけ話すことがあるものだと感心さえした。

 そんなことをケイヤが考えていると、「暗いっ!!」とミカノの平手が彼の右肩を激しく打った。意外にも一般の女性よりも力のないミカノであったが、いまのはそれなりの痛みをケイヤに与えた。

「……」

 痛む肩を擦るケイヤの瞳に映ったのは、実に楽しそうに嗤うミカノの姿だった。森の深淵を挑むように見つめているその瞳は爛々と輝き、口元はにぃっ、と愉悦に綻んでいる。

「あんたねぇ、これから面白くなりそうなんだから、ちょっとはテンション上げておけっての!」
「……どういうことだ?」
「言葉通りよっ!」

 熱っぽく、平常よりも些か興奮気味の声音で告げるミカノの姿に、ケイヤの眉はさらに険しく顰められた。ミカノがこの状態の時は、大抵ロクなことにならないことを知っているからだ。

「捜索範囲が広いのは厄介だったわぁ。おかげで逃げられる逃げられる」
「逃げられる? 術者がいるのか」
「そ。この霧を発生させてるのは術具じゃなくて人だった、ってワケ。分かんないのはさ」

 ミカノが手に持つ槍が、異様なきしりをあげる。その視線はじっと動かず、ケイヤも彼女の見つめる方向に視線を投げる。白く霞む視界に変わりはない。

「何で今さらこっちに向かってくるのか、ってコト」

 言葉が終ったのと同時だろうか。視界を覆うように広がっていた靄が一気に晴れ、辺り一面がパァッ、と明るく開けた。木々の合間を縫って陽の光が一斉に差し込み、突如のことに思わず目を細める。

「分かんないのも楽しいけど、教えてくれたらもっと笑えるかもよ?」

 普段から甲高い声が一際高く響き、そして……



「――そうだね。僕も今日は話をしに来たんだ」



 靄の開けた先、小さな影が口を開く。

「君達の知らない、お話の続きを」

 どこまでも広がる緑を背に、柔らかな金色のくせ毛の少年は、邪気のない笑顔をケイヤたちに向けた。

「はじめまして“繊細なる闇”さん。“炎の器”さんは、お久しぶりです」

 少年の言葉に、彼を視界の隅に映しながらケイヤはミカノに目をやる。同時に、この少年がカレアナンでミカノ達を襲撃した三人のうちの一人と理解した。
特徴的な尖った耳と、平均よりひと回りもふた回りも低い背丈から、ホビットの少年だと分かる。

 人懐っこそうな笑みを向けたまま、彼はその手にある白く濁った玉をこちらに差し出した。

「これが、いま二人がいる場所です」
「……ミカノ」
「あー……ようするに、その玉がこの異常を操ってる、ってコトでしょ」
「ご明察です」

 よく出来ました、と言わんばかりのその笑みは、底の知れなさを感じさせる。そのまま“それ”を片手でくるくると器用に弄びながら会話は続けられた。

「今日は“おはなし”をしにきたんです」
「それはさっき聞いたわよ。でも、聞く気はたいしてないんだけど」
「ミカノの言う通りだ。こちらは先を急いでいる。よほど有益なものでなければ足は止めない」

答えながら、ケイヤの左手が何もない空中へと沈んでいく。肘半ばほどまで沈んだ腕は、一振りの剣を握って再び姿を現した。



――こいつがなんだろうが、斬り裂いてでも先に進まなくてはならない
――それが、俺のすべきことなのだから



 ケイヤの表情から何かを見出したように、少年の顔から笑みが消える。

「“繊細なる闇”さんには自己紹介がまだでしたね。僕の名前はローウェン・エンデルク。ロウと呼んでください。見ての通り、ホビット族です」
「そんなことはどうでも……」
「――そして、ホビット族には“語られない真実”がある」

 剣を握る手が、ぴくりと反応をした。

 黙って様子を見ていたミカノも怪訝そうに眉を寄せ、ロウの動向を伺っている。そんな二人の視線に晒されながら、ロウはただ淡々と話を続けた。

「正確には、“人には伝えられなかった物語”ですね」
「人には……?」
「はい。僕らホビットは勿論、エルフやドワーフ、竜族やリカントも知っています」

 リカントは獣人のことを指す。獣人の中でも特に犬系統の二足歩行型のことをそう呼び、知能は人よりも劣るが脚力は馬鹿にできない種族である。

「リカントですら知ってるってーのに、どうして人間には伝えられてないワケ?」
「人には伝える必要はないと、誰もが判断したからです」
「誰もが」
「えぇ」

 それは恐らく“人間以外の全ての種族”を指すのだろうとケイヤは理解したが、あまり気分のいいものではない。そしてロウの発した言葉もやはり、気持ちのいいものではなかった。

「人は、醜すぎるので」

 きっぱりと。
 よくよく透る声でロウは言う。

 彼の言葉にミカノの口元がヒクリと引き攣ったが、ロウは全く気にもせずに話を続けた。

「僕はそれを、あなたたちだけに話します」
「人が知らない、ってことは、アンタのお仲間も知らないっての?」
「ハイネとシアですか? えぇ、知りませんよ。二人は元“騎士”の候補であり、僕は元“鳥籠の飼育者”ですから」
「はっ……あんたは飼う方だったわけね」

 鼻で笑う彼女の態度も意に介さず、ロウはただ静かに見つめてくるだけであった。



――目の前のこの少年が、元“飼育者”……



 俄かには信じられず一瞬眉を潜めたケイヤだったが、ロウがそんな嘘をつくメリットも見当たらず、「聞くだけは聞こう」と返す。ミカノも特にそれに反論することはなく、じっとロウの次の言葉を待つ。

 そうしてロウによる“人の知らない物語”というものが明かされ始めた。

伽世
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伽世

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