◆ ゴーレム
「おまえは本当に女なのか、疑問に思うな」
「うっさいなぁっ! ほら、くるよっ!」
言葉と同時に左右へ大きく分かれて跳ぶ。先ほどまで二人がいた場所には、ゴーレムの巨大な手がめり込んでいた。
「どぇっ?!」
「ちっ」
そのまま動きが止まるかと思いきや、めり込んだ手はすぐに地面から離れて再び二人を追い始める。ゴーレムの腕は目に見えて伸び、木の間を上手く縫うようにしてケイヤ達を追尾した。
攻撃を避ける勢いのまま近くにあった木の幹を踏み台にして、ケイヤはもう一段高く飛ぶ。そのまま追いかけてくる腕を手にした剣で迎え撃ち、ゴーレムの肘らしきあたりまで裂いて着地した。
ミカノも迫る腕から身を躱しつつ蹴りを一発見舞い、その衝撃でゴーレムの腕がぐにゃりと折れ曲がる。それにより瞬間動きの止まったゴーレムから距離を取る為、後ろに数歩跳んで下がった。
ふっ、という短い呼気はどちらから漏れたのだろうか。
森の中、ゴーレムを挟んで二人は向かい合う。
「なにこれ反則でしょーが! ゴーレムってふつう岩とか泥の塊じゃんっ!」
「斬った感触は粘土のようだった」
「それで伸びるって? ずるいっ!」
文句を言ったあとはすぐに別の言葉を紡ぎ、解き放つ。
『火炎の砲撃――フレイム・ショット――!!』
ミカノの手から飛び出た子供の頭ほどの炎の玉はすさまじい速さで一直線に飛び、ゴーレムの腹を撃ち抜く。
『ヴぉおぉォおぉっ!!』
ゴーレムの呻き声のようなものが聞こえたが、腹に空いた大穴は瞬時に塞がった。おそらく土で出来ているという点を利用して、足元の土から吹き飛んだ分を補給したのだろう。現にゴーレムの足は、地面と一体化していた。
「ぬぁぁぁぁっ! 粘土って油入ってんでしょ?! 燃えろよっ、めんどくさいぃぃっ!!」
「お前の好きな戦闘だろう」
ずんっ、と重い足音を立てて迫り来るゴーレムに構わず、ミカノはぶんぶんと首を振ってケイヤの言葉を否定した。
「ちっがーう! もっとすっきり・あっさり・ばっさりしているほうがいいっ!」
「……よくは分からんが」
本当に理解出来ていないのか、ケイヤは適当に返しながら地面を蹴り、伸びてくる腕の一撃を躱しつつゴーレムの懐へと入り込む。
「倒さないことには進めない」
『ヴァォっ』
ケイヤの剣がゴーレムの胴体を上下二つに切り落とす。刃当たりは軟らかく、油の塊を切ったようで気持ちのいいものではない。斬った刃を見れば、どろりと粘つく土のようなものがこびりついていた。
斬られたゴーレムはそれでも二、三歩進んだ後に膝を付き、上半身がずるりと倒れ落ちる。念のためにもう一太刀入れておこうかと向き直ると、そこには二体のゴーレムがいた。
「……あ?」
その光景を目の当たりにしていたミカノの口から思わず声が漏れ出る。
斬られて泣き別れとなったゴーレムの上半身と下半身は、それぞれ新たなゴーレムとなって復活したのだ。
先ほどまで相対していたものは三メートル程度はありそうだったが、目の前の二体はそれを二回りほど小さくしたような大きさだった。一つのゴーレムが二つに分裂したのだからそれもそのはずだろう。
「む……」
「……ちょっと」
さすがに言葉に詰まったケイヤへ、ミカノが冷めた声で呼びかける。仲間の名を呼んだとは思えないほどの低温であった。
「だ・れ・がっ! 増やせと言ったよこのやろーっ!!」
「……切ると分裂するのか。そうか」
「冷静ぶるんじゃないっ!!」
「来たぞ」
「あぁぁぁっ! もうっ!!」
ゴーレムは二体に分かれて小型化したためか、先ほどまでとは違って俊敏な動きでケイヤ達に詰め寄ってくる。それでもミカノらの足には到底敵わないスピードではあったが、その分相手は腕を伸ばして攻撃を仕掛けてくるのだ。
斬れば増える。
魔法も効かない。
ミカノの魔力が単純に足りていないのではないかとケイヤは考えたが、炎の属性に関してはキーナも舌を巻くほどの威力を持っている彼女である。
先ほど放った術は下位の術であったが、「じゃあ高位の火炎魔法を」などと下手に言えば、森が全焼する恐れもあった。
――ミカノは手加減を知らないからな……
これまでの旅の中で幾度となく魔物や野盗との戦闘はあったのだが、大半はミカノが一人で追い払ってきた。脅すとか追い返すなどというものではなく、“徹底して相手に恐怖を植え付けて、二度と他人に襲い掛かるなんて考えないように”させるための戦い方である。
彼女自身が非常に好戦的な性格をしていることもあるが、五人程度の野盗に高位の火炎魔法を放とうとした時は、さすがにタヤクが止めていたことを思い出す。
炎属性との相性が非常に良いミカノが高位の魔法を詠唱破棄でも唱えてしまえば、野盗の死体どころか辺り一面が焼け野原になってしまうことは、魔法に疎いケイヤでも容易に想像が出来た。
――しかし、この状況をどう好転させるか……
「一気に燃え尽くさせるか、もしくは分裂させる暇も与えない速さで倒すか……」
「どっせぇぇいっ!!」
ケイヤが思考している合間もミカノが新たに呪文を打ちつけるが、やはり効果はない。かといってゴーレムの攻撃を避けるために走っているだけでは埒が明かないのも事実である。
――動きを止める……?
「ミカノ」
「えっ、なに?!」
「お前、氷結系の呪文は使えるか?」
襲い掛かるゴーレムの腕を槍で弾きながらケイヤの言葉に耳を傾ける。動きに合わせて身を引くことも忘れなかったが、泥のように重い一撃は振動となって彼女の腕に伝わる。
「派手なのは出来ないよ……って、あぁ」
怒鳴るように答えたミカノであったが、彼の意図を察してにやりと笑った。
「おっけー。んじゃ、キーナちゃんと違ってあたしは詠唱が必要だからさ、ちょっとの間相手しててー」
「分かった」
とんとんっ、と軽く地を蹴ってゴーレムから距離を空け、その腕が届かない場所へ辿り着くと、ミカノは地面に槍を突き刺して詠唱を開始する。詠唱が途切れてしまえば術は発動せずやり直しとなってしまう為、彼女が詠唱している間、二体のゴーレムの相手はケイヤだけで行わなければならない。
『ゴ……』
目標の一つが遠く離れたことにより一瞬動きが鈍くなったゴーレム達であったが、すぐさまミカノへ向かって二体ともが動き出す。
ゴーレムとは魔術師が創りだした魔法生物である。術者の意図通りに動く忠実な僕であり、単純な命令だけしか受け入れられないが、創造主が設定した通りに動くのだ。
――この場合の命令は“魔導士を優先的に排除しろ”だろうか
再び剣を携えて走りながら考える。召喚主であるロウがゴーレムの主人だろうことは分かるが、さすがに命令の中身まではケイヤにも想像が出来ない。
けれどもすぐそばにいるケイヤよりも、遠くで詠唱するミカノに反応して動いたのは事実である。少なくとも“魔力の発生源を優先的に潰せ”という命令くらいは出ているのだろうと判断した。
「ふっ!」
短く息を吐き出してさらに歩幅を大きくし、よりミカノに近いゴーレムの右足を半ばまで斬りつける。さきほど腕を斬った際、そこから分裂することはなかった。ゆえに、ゴーレムが分裂する条件は“本体から切り離されること”だとケイヤは認識した。
その考えが正しいことを示すように、ゴーレムはバランスを崩して転げたものの分裂することはなく、すぐに地面と一体化して回復を始める。
――やはり傷つけるだけなら問題はないか……
切り落とさない、けれどもそれなりに大きなダメージを与えてやれば、僅かな足止めになると実感する。それを確認しながらふう、と息を吐き出し、すぅっ、と吸い込む。そしてまた一気に吐き出すと同時に、もう一体へと足を向けた。
一体が攻撃を受けてその動きを止めているのにも関わらず、もう一体のゴーレムは変わらずミカノに向けて進行している。
「弊害の消去よりも優先度が高いのか……」
ぽつりと呟いたケイヤの声は地響きのようなゴーレムの足音に掻き消される。歩みは遅いものの歩幅は広く、あと数歩で伸びる腕の範囲内にミカノを捕えるだろう。
『ヴぉ』
呻きにも似たようなゴーレムの声がミカノの耳を掠める。その視界には自分へ向かって大きく広げられたゴーレムの手のひらが見えた。
しかしミカノはそれにも全く構わず、逃げる素振りすら見せないで詠唱を続けている。
いよいよその腕が伸ばされるとき、ミカノとゴーレムの間に黒い影が割り込んだ。
「……っ」
ぐっと伸ばされた腕はケイヤの翳した剣を捕え、ケイヤはゴーレムの指先一つ切り落としてしまわないように刃の当たりを逸らす。そのまま強く下に引き抜くとゴーレムの指は皮一つ繋がったような状態で垂れ下がり、伸ばされていた腕を柄尻で叩く。
伸ばした分だけ打たれ弱くなっていたのか、いとも簡単にミカノを狙う軌道からゴーレムの腕を逸らすことが出来た。
『ゴォおぉオォッ!』
腹に響く低い音で叫びながら、ゴーレムは地響きのような足音と共にケイヤに襲い掛かる。さすがにここまで来ると無視は出来ないのだろう。今度は距離が近いためか、腕を伸ばすよりも直接やりあった方が早いと判断したのだ。
「……」
たしかにケイヤの肢体は男性と言うにはかなり華奢であり、その見た目通りに力で押し切るような戦いも苦手である。分裂してケイヤやミカノとそう変わらない大きさになったとはいえ、ゴーレムとの力勝負など、結果は目に見えている。
「っふ」
しかし彼は目の前に迫る太い腕にも全く焦ることなく、また短く息を吐き出した。相手がゴーレムだろうとなんだろうと、ケイヤの体はいつも通りに動く。
先ほど弾いた腕はいまだだらりと力なく下ろされたままで、動く気配はない。その腕とは反対の腕を力強く振り上げ……叩くように振り降ろす。
「く……っ!」
人間ではとても太刀打ち出来ないような剛腕をケイヤもまともに受ける気はなく、剣の刃で勢いを削ぐように受け流し、逸らす。
「う、く……っ」
『ゴォおおぉォッ!』
吼えるゴーレムの振り降ろされた腕を剣一本で逸らし、そのまま懐に入って肩の付け根を斬りつける。
『ヴぉあォっ』
「……」
肩を切った足を止めることなく、そのままゴーレムの後ろに回り込む。その速さについて行けずゴーレムの反応が僅かに遅れ、結果生まれた隙をケイヤが逃すはずもない。両足の膝裏と思しき場所を横薙ぎに斬りつけ、とどめに背中を蹴る。
ケイヤを追って体を捻っていたことと、足を斬りつけられたこと。その影響もあってか、彼の蹴り一発でゴーレムは容易く前のめりに倒れていく。
――それとほぼ同時に、“カァンッ”という甲高く耳障りな音が辺りに響いた。
音源を見ると、ミカノがナイフを片手にケイヤを見ていた。恐らくそのナイフで、先ほど地に突き刺した自分の槍を叩いたのだろう。
合図代りに。
「……」
ケイヤは小さく頷くと、ゴーレムから距離を取るため後ろへと大きく跳ぶ。今まで相手をしていたゴーレムはまだその場から動くことが出来ず、もう一体はすでに回復し終えたのか、徐々にミカノとの距離を詰めていた。
ケイヤがある程度離れたことを確認し、倒れているゴーレムと走り来るゴーレムの二体がほぼ同じ位置に辿り着いたことを認めて、ミカノは渾身の呪文を放った。
『氷王凍結晶――ヘイルァ・グラッシェル――っ!』
彼女の声に応えて空気中の水分が一気に凍てつき、氷の道となって走り伸びていく。茨のようにざくざくと盛り上がるそれは、ゴーレム二体にあっという間に絡みつき、隙間から内部にまで潜り込んで凍りつかせた。
最初こそぎしっ、という軋みを上げながらも動いていたゴーレムも、さすがに内側から凍りついてしまえばどうにもならないのだろう。
指先一つ動かさない泥人形を前に、ミカノが「うっし!」と小さくガッツポーズをする。普段はなかなか使わない氷結の術が上手くいったことも、彼女の機嫌を良くした要因であった。
「おっしゃ、いっくよーっ!」
「あぁ」
言うや否や放たれた矢のように走り出すミカノと、そのすぐ後に駆けるケイヤ。
「でぇぇぇりゃぁぁぁぁっ!!」
走りながら槍を斜め前に突き立てしならせ、その反動のままにゴーレムへと蹴りを喰らわせる。その威力は氷ごと木っ端微塵に砕かれたゴーレムの姿が物語っていた。
「っふ」
ケイヤは一息に肺の空気を吐き出し、踏み込み様にゴーレムの股から頭部までを一気に切り裂く。いぃんっ、と短く高い音が耳に響いたと同時に、ゴーレムは氷の破片とともに粉々になった。
そのまま二体のゴーレムが復活することはなく、やがてただの土となり、地面へと溶けて消えていく。
それを見届けてから、ケイヤとミカノはふぅと息をついた。
「終わったぁっ!!」
「そのようだな」
大きく伸びをするミカノの横でケイヤは早々に剣を白布で拭い、鞘に納めて“次元”へと戻す。彼女も槍を幾度か振って土を落とした後、柄尻をとんっと叩いて折り畳み、いつものように腰に下げたのだった。
魔法生物には一部を除いてほとんどに“核”となるものが存在し、その核が魔法生物の心臓であり、術者が命令を与えるためのキーとなっている。ゴーレムも核があるタイプだとキーナから聞いた覚えがあったケイヤは、それを探ることを試みていた。
内部に組み込まれていることがほとんどなので幾度か浅く切りつけたものの見つけることができず、ミカノにゴーレムを凍らせることを思いついたのだ。
ミカノの唱えた術は、対象の内部にまで浸食し臓物や血液まで凍らせるものである。今回のゴーレムの場合、もともとの体が土やそこに含まれている水分と言ったもので構成されていたので特に効果があったのだろう。
そうして芯の芯まで凍てついたゴーレムの体に衝撃を与えたことにより、二体は粉々に壊れ崩れたのだった。運良くゴーレムの核も一緒に破壊することが出来たようで、その為にゴーレムが復活しなかったのだとケイヤは考える。
――核を凍らせてしまうだけで十分だったんだがな……
自分の隣で「あんま殴れなかったつまらん」などとぶちぶち文句を言う少女にちらりと目をやって、はぁと息を吐く。タヤクと違って彼女を制御する術を知らないケイヤは、いつもならただ黙ってその文句を聞くだけなのだが、いまはそうも言っていられない。
「全く、めんどくさい置き土産なんて用意してって」
「終わったんだ、行くぞ」
いまだグチグチと唇を尖らせながら言い続けるミカノの横をすっ、と足早に通り過ぎる。元々足は長いので、あっという間に二人の距離は空いてしまう。
「あ、こらケイヤっ!」
ミカノの呼びかけにも応えることなく、ケイヤはずんずんと進んでいく。
ゴーレムも破壊したし靄も晴れた。ここに留まる理由はなくなったと言わんばかりのケイヤの後姿に、彼女の口からはため息しか出てこない。
「ったく、もー……」
それでもやはりぐちぐちと何事かを言いながら歩き出す。靄の晴れた森は外から見ていた時よりも見通しがよく、自分たちが歩いていた街道もすぐ傍に見えていたため、予定していた通り道なりに再び歩を進める。
陽はまだ高く、この分なら遅くとも夕方にはここを抜けて新たな大陸へ足を踏み入れられるだろうとケイヤは予想した。