◆ 思惑

 言葉を奪われたミナミは頬を膨らませて怒っていたが、ケイヤとキーナは顔を見合わせ、ミカノとタヤク、マサアは、驚愕の眼差しをハイネに向けた。
 彼はあちこちに跳ねた髪をがしがしと乱暴に掻きながら、僅かに苛立ちを滲ませた声で続ける。

「お前らと交戦した時にいたギルドの奴らには、嬢ちゃんのことは伏せて置くように徹底したつもりだった。でも、リイセは嬢ちゃんの存在を知ってた」

 リイセは言ったのだという。
 “花嫁は全部揃ったのだから、もう大丈夫でしょう?”と。

「そうなるとこっちの誰かが“鳥籠”の上か、リイセに直接漏らしたのかもしれねー」
「……聞きたかったんだけどさ」

 がりっ、と自身の親指の爪を噛むハイネの言葉を遮って、マサアが手を上げて発言の許可を求める。それも形だけのものなので、

「お前の言う“鳥籠”ってどこの“鳥籠”なの? おれたちを追ってるからおれたちが居たとこの“鳥籠”に頼まれてたんだと思ってたけど、リイセって人はおれたちのいたとことなんも関係ないし」

 と、首を傾げながら問いかける。
 マサアの疑問はケイヤ、キーナの疑問でもあった。

 他の“鳥籠”が自分たちを追ってくるのだとしたら、それは自分たちを殺して他の“花嫁”を使うため以外には想像出来ない。

 しかし、リイセを追う理由は五人の居た“鳥籠”にはないと思われる。導の民と言う役目がその女性にあったとしても、ミカノたちには“教育者”がいたし、すでに正式な“花嫁”として選出されているのだから、余計に必要ないのだ。

 ハイネやシア、ロウは一体どこの“鳥籠”にどのように雇われているのだろうか。

 全員の視線がじっと向けられる中、問われたハイネは「んー……」と考えるそぶりを見せた後、

「言えねー」

 と、笑って誤魔化したのだった。

 その態度にミナミがケチ! などと悪態を吐いていたが、他の面々はすでに予想していた答えが返ってきただけであり、問いかけたマサアですら「やっぱだめかー」と息を吐いて椅子にもたれかかった。

 ギルドに所属している以上、彼が動いているのは“依頼主から請け負った仕事を遂行する為”であり、依頼主の情報を他人にそう易々と開示するわけがない。

「――ともかく、だ」

 話題を再びリイセという女に戻し、ハイネは言う。

「このまんま行くと、嬢ちゃんが本当に“花嫁”に仕立てられちまう。それはあんまり嬉しくねぇ」
「え?!」

 ハイネの言葉にミナミは驚きの声をあげて彼を見た。

 彼はミカノたちを“鳥籠”へ戻そうと画策している側の人間なのだ。あわよくばミナミを慈愛の女神の適任者として連れて行こう、と思われているのではないかとキーナは心配していたのだが、その言葉にハイネは首を横に振った。

「さっきも言ったけど、嬢ちゃんが“鳥籠”にいる候補たちよりも優れてるとは思わねぇ。実は“炎の器”たちに勝手に巻き込まれたんじゃねーかとも思ってる」
「っ!」

 びくんっ、と大きく身を震わせたのはキーナだった。
 彼女はずっと、ミナミを巻き込んだことを悔やんでいた。破壊神を封印する結界の内側に入る為だけに、幼い少女を巻き込んでいることが辛かった。

「……」

 隣に座る少女の様子に気が付いたミカノは、ただ黙って、その白く華奢な手を握った。小さく震えていたキーナの手は酷く冷たく、温もりを移すように優しく覆う。

 そんなキーナの反応に気が付いているのかいないのか、ハイネは先を続けた。

「あんたらみたいに素質があるからって無理やり“鳥籠”に入れられた奴らもいれば、自分から志願して“鳥籠”へ入った奴もいる。安っぽい言い方すれば、世界を救いたいから」

 ならば、ハイネは、シアはどうだったのだろう。
 ふとそんな考えがミナミの脳裏に浮かんだが、すぐに頭を振ってその疑問を消した。

「けど、リイセはそう言う奴らも問答無用で次から次に解放していってるんだ。そいつらを無視して嬢ちゃんを“花嫁”にするために動いているなら、それは放っておけねぇ」

 不意に真剣みを帯びたハイネを見て、ミナミは彼に対する考えを改め始めていた。

 カレアナンで対峙したミカノとタヤクの話を聞く限り、ハイネは“鳥籠”からギルドを通じて依頼されたがゆえに六人を捕まえにきた、という印象であった。そうでなければ世界のことなんてどうでもよい、と言わんばかりだったという。

 彼女と同じことをミカノも思っていたようで、面食らったような唖然とした表情でハイネの顔を見つめていた。



――ハイネくんなりに、きちんと色んなことを考えて行動してるのね



 その姿勢だけは、自分たちに似ている気がした。

「な、あんたらハーフエルフみてねぇ? 見た目は普通の女なんだけどよ」
「そういわれても、なぁ……?」
「わたしたち、その人のこと全然知らないしね」

 首を傾げるタヤクとミナミに、ミカノも同意するよう相槌を打つ。特徴も何も知らない状態で問われても答えようがない。

 エルフ族と言うのは概ね雪のように白い肌に金糸、もしくは銀糸の髪を持ち、ぴんと尖った耳が特徴である。

 しかしハイネが言うには、リイセは普通の人間と変わらない外見だということで、余計に手掛かりが乏しい。

 そうしてミナミやミカノがうんうんと考えているうちに呟かれた声が、その場の視線を集めた。


「……会ったよな、おれたち」

 頬杖をついた格好のマサアがぽつりと呟く。その視線は水しかないテーブルの上に固定され、呆けたようにも見える。

 しかし彼の言葉は他の面々を動揺させるには十分であり、事実、それを示すようにハイネが椅子を蹴り倒さん勢いで詰め寄った。

「なに?! いつ、どこでだっ?!」
「ちょっ、マサア?!」

 うーん、と唸るマサアを絞め上げるハイネと一緒にミナミも詰問する。
 先ほどまで彼とともに街の中をうろついていたミナミだったが、マサアがいつそんな女性と出会ったのか見当もつかなかった。

 一緒に行動していたはずなのに、と肩を落とすミナミをよそに、キーナとケイヤもマサアの言葉を支援するように、リイセなる女性を見たと口にしたのでますます混乱する。

 ミナミの眉間に深い縦じわが刻まれたのとほぼ同時に、「あっ」という声をタヤクが漏らした。

「あーあーあー……そっか、あの女か……っ」
「えぇ?」
「覚えていない? 砂漠に眠るものを教えてくれたのは、だぁれ?」

 キーナの諭すような言葉に、ミナミはふと思い出す。自分たちが何故、先ほどまで町の中を走り回っていたのかを。




砂漠。
眠る、法具。


――女神。




『あっ!』

 ようやく理解したミナミとミカノの声が重なった。

「なんだ? お前ら全員リイセと面識あんのかっ?!」

 大声を上げながら六人の顔を順繰りに見回したハイネだったが、真正面に座るミカノにぐいと顔を近づける。

「おい、あいつはどこにいんだっ?! 知ってんだろっ!」

 ミカノが口を開くよりも早く手を振り降ろす……前に答えたのは、キーナであった。ゆるりと首を横に振れば、肩で切り揃えた黒髪がさらりと揺れる。

「残念だけど知らないわ。私たちも別件で探している最中だったの」
「別件?」
「えぇ……」

 いいわね、というような目でミナミたちを見回した後、彼女はゆっくりと説明を始めた。彼女たちがリイセを探している理由と、そのきっかけを。

伽世
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伽世

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