某日 某時刻 サキの村
彼女にとって決して今日は特別な日ではなかった。いつも通りの一日が終わり、夜を迎え、夕食をとる。そしてこれからベッドに入って眠る。そんな日常なはずだった。
今こうして彼女が自宅の屋根の上にのぼって煙草を吸っているのも、特別な意味など有りはしない。
ゆっくりと夜空に向かって消えていく紫煙を、彼女は静かに見送っている。その表情からは何を考えているのかは窺い知れない。何も考えていないのかもしれない。
ふと彼女は百メートルほど先、村の噴水広場に目を落とした。意味など無い。ただなんとなく、そこが気になっただけだ。
数秒、彼女はそこを見つめた。この村の外灯など数が知れている。見つめる先の広場に明かりなどは無いに等しい。
……
…………
何もないか、と目線を外そうとした瞬間だった。
光――たった一瞬、光が瞬いたのだ。それは本当に小さな光だった。線香花火が落ちる寸前に見せる一番大きくて小さな煌き……そんな光だった。
彼女は首を傾げる。なぜあんな所で光が? 人の気配は無い。月明かりに何かが反射したか? いや、ならばずっと光っているべきだろう。
しばらく首を傾げた後、根元まで灰になっていた煙草を地面(屋根だが)に擦り付け、立ち上がって屋根から飛び降りた。そして新たな煙草に火を点け、雲に隠れて姿が見えなくなった月に向かって煙を吐く。左腕の紋様がズキリと一瞬だけ痛み、思わず顔をしかめて腕をさするが、怪我などしていない。
あの光がこの左腕を、私を呼んでいる――根拠など無いが、漠然と彼女にはその確信があった。いつでも槍を抜けるように、と身構えながら進む。
そして「そうえば明日は建国記念日だったな」と、どうでもいい事を思い出すのだった。