赤毛の女 1
鋼新の砦は村の少し外れにある。俺とサクラはそこの門を叩くべく、村を抜けるために歩く。サクラはローブの様な物を羽織っていた。刺青を隠しているのだろうか? あれ威圧感あるしな。
しかし本当に何も無くてのどかな村だ。噴水のある簡素な広場を中心として放射線状に小さな村や店が並んでいる。 そういえばあの噴水、どうやって水を噴出してるんだ? この世界にもモーターみたいな機械も存在してるんだろうか。でもサクラの家には電気の様な物は無かった。むしろカンテラに暖炉だったぞ。
「なぁサクラよ。本当に大丈夫なんだろうか」
俺の首と気持ちは下向きだ。あんな話を聞かされた後で、とてもとてもソイツに会う気にはなれない。
「大丈夫だって言ってんだろ。いつまでもウジウジうるせーな」
本当に口が悪い女である。ぶすっとした表情で煙草に火をつけて不味そうに煙を吐くサクラを、ただ何となく見ていた。
そしてある疑問が思い浮かぶ。コイツ、何歳なんだ?
「サクラよ、お前さっきから煙草吸ってるけど成人してるのか?」
成人していたとしたら十八歳の俺よりも年上という事になる。
「なんだ、そんなに若く見えるかい。今年で成人したぞ」
別に若く見えたわけではないが、上機嫌そうなので何も言わないでおく。
「そっか、成人してるのか。じゃあ俺の二つ上だな」
「二つ上!?」
驚いてこちらを向いて聞き返したのはサクラだ。しかしサクラがこんな驚いた声と表情をするとは思っても見なかった俺はサクラ以上に驚いて目を見開いてしまった。
「私と同じくらいだと思ってたが、お前は老けて見えるな……そのナリで十六歳か」
「じゅうろく……? いや、今年で十八歳だけど」
「……」
「……」
二人の足はいつのまにか止まっていて、俺とサクラはお互いの顔をぱちくりと見合わせてた。
先に「なるほど」と声を発したのはサクラだ。そして何の説明も無いまま、さも自然と俺を置いて再び歩き出してしまった。
「ちょーっと待てって! 勝手に納得しないで説明! 説明しろ!」
数テンポ遅れて俺はサクラに走りすがった。うわ、すげー面倒くさそうな顔してる!
「説明って……お前のいた世界では成人は二十歳。この世界では十八歳ってだけの話だろ」
あぁ、なるほど。そう言われればその通り、それだけの話だ。それだけの話だが――
やはりここは別世界なんだと、痛烈に感じる。
「少しずつ、覚えていきゃいいさ」
俺はその時、一体どんな顔をしていたのだろう。
しかし不器用なサクラの気の使い方が何だか可愛くて、少し救われた気がした。ぷいっと顔を背けたサクラはどんな表情をしているのだろう。コイツも照れたりするのだろうか。
「ちょっとそこのお兄さん、お姉さん!」
いきなり背後から声を掛けられた。驚いて振り返る。サクラは地面から脚が離れそうなほどに肩が上がった。ビックリしすぎじゃね?
「あのさ、今から王都に行くんだけどさ、一緒に行かない? 馬車に相乗りすれば運賃三等分だしさ、悪くないでしょ?」
待って、待って。まず誰だお前は。
歳は俺とそんなに変わらないか、少し下だろう。身長はかなり小さく、百七十センチの俺がかなり見下ろしているので百五十センチも無さそうだ。ちなみにサクラは百六十くらいである。真っ赤な髪のショートカットが目に痛いが美しい。麻製の白いTシャツにデニムに似たインディゴブルーのズボンを履いている。そこらを歩く村人よりかなり良い物の様だ。手に布で包まれた長い棒の様な物を持っている。杖?
「えーっとキミは誰かな? お前の知り合い?」
サクラは険しい顔で首を振った。目線は小さな彼女から一瞬も外れない。
「私? 私はモモコ! 今から王都に行かなきゃ行けないんだけどさ、機関車が通ってる町まででも馬車の運賃高いからさー、ね? 王都までじゃなくていいからさ、あのー、何だっけ、機関車が通ってる町。あそこまで行こうよ、ね? ね?」
一方的にまくしたてられる。身長が低いからか上目遣いなのが卑怯だ。どうしたものかとサクラを見る。まだサクラはモモコと名乗った彼女を凝視している。
彼女もサクラの視線に気付いたのか、サクラに向かって笑顔で首をかしげた。やばい、可愛い。
「ね、お姉さんもいいでしょ? ちょっと遠出のデートだと思ってさ、ね?」
彼女は俺たちをカップルか何かと思ってるのか。
「悪いが私たちは行けない。今から砦に行かなくちゃいけないんでな」
そう言ったサクラの声は驚くほどに冷たかった。怒ってたとしてもそんなに冷たい対応しなくてもいいのに。
「砦行くの? 何しに?」
俺だったらサクラのその視線に縮み上がってるのに、彼女はまったく気にしていませんと言う様にサクラに質問する。
これ以上サクラを不機嫌にさせるのもアレなので俺が慌てて答える。
「あーえっと、鋼新兵の偉い人に会いに行こうと思ってね」
「偉い人? いるけど、今はいないよ?」
ありゃ? 何だと?
「だって今日は建国記念日だもん。みんな王都の祝典に行ってるよ」
そういえば、最初に見せられた質の悪い紙にそんな事が書いてあった気がする。
「しまった!」
サクラもそれを忘れてたらしい。まぁこんな小さな村じゃそんな祝典もみんな興味が無いんだろうなぁ……
「あははは、お兄さん達おっちょこちょいだなー。まぁあたしも今朝まで忘れてたけど」
「キミもその祝典に行くの?」
「モモコでいいよ。行かなきゃいけないんだってさ、本当は寝てたいんだけどね。皆うるさいんだよ」
そういうしきたりにうるさい家庭はこっちの世界にもあるのか。その王都とやらがどこに有るのか知らないが、馬車だの機関車だのと話を聞く限り相当に遠いのだろう。
「でもでも下級兵だったら残ってるよ。皆がみんな行くわけにも行かないしねー」
「うーん、そうか……だってよ、どうする?」
「日を改めてもいいが、とりあえずソイツが帰ってきたときに会えるかどうか聞いてみよう」
「そうだな、せっかくだから砦も見てみたいし」
彼女……モモコは俺たちの話が掴めなかったのだろう、また首をかしげた。めっちゃ可愛い。
「砦に行くんだね、じゃあ一緒に行こう! 付いて行くからさ!」
「え? だって俺たちは王都とか機関車の町とか行かないぞ?」
「せっかく知り合ったんだもん。それに砦は近くだしさ、キミ達を送ってからあたしは出発するよ」
彼女からそう申し出るのであれば、俺たちに断る理由は無い。それに可愛い子を連れて歩くのは悪くないしな。
サクラはまだ険しい顔を保っている。一体何だっていうんだこの女は。