見える 1
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サクラの左手に持たれた槍が、テイクバックも予告も容赦も無しに横一門に振るわれ、モモコの細い首に襲いかかる。
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モモコは地面を蹴り、椅子ごと後方に飛んで躱す。
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着地と同時に、地面に擦れるくらい体制を低くしてサクラに突っ込んでいく
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モモコは左手に持っている布に包まれた杖の様な物に右手を添えてから、その腕を一気に振る。
握られていたのは――日本刀だ。
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サクラは空振りした勢いをそのままに回転し、槍を立てて右からのモモコの一撃を受けた。
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互いに後方に飛び、体制を立て直す。
え? え? え?
サクラがいきなり槍でモモコの首を跳ね飛ばしにいった。しかもめちゃくちゃ疾くて瞬きもできなかった。しかしモモコはそれを避けきったどころか反撃までしてきたが、空振りしたはずのサクラはまるで反撃が来るのがわかりきっていた様に難なく受けきった……そんなところか?
しかもモモコの手には日本刀……あの布に巻かれていたのは刀だったのか。
「さ……サクラ!」
槍の真ん中あたりを左手で持ったサクラは「ふん」と一言こぼして槍を一度振り、構えた。
妙な構えだ。
半身になるのは分かる。しかし切っ先を地面に向けているので反対側は自身の頭より高い。槍って突くための物じゃないのか? あれじゃあ槍というより長刀だ。
「四季流槍術しきりゅうそうじゅつは斬ることに特化した槍術だったね、忘れてたよ、危ない危ない」
モモコはおちゃらけて日本刀を持っていない左手をサクラに振った。とても危なかったようには見えなかったが。というか日本刀ってめっちゃ重くなかったっけ?
「まさかこんな所でこんな有名人と会えるとは思わなかったよ。でも残念、これで鋼新兵として見逃すわけにはいかなくなっちゃったね」
モモコは本当に残念そうに顔を歪めた。良くも悪くも表情が豊かだが、今の俺にその表情の変化を楽しんでいる余裕は無い。
「どちらにせよ、死なない程度に動きを止めて脱出させてもらうぞ」
さくらはぎゅっと槍を握り直した。
俺は未だに棒立ちだ。
「ハルカ」
途端にサクラに名前を呼ばれる。それが俺にかかった魔法を解く鍵だったかのように、俺の体はビクリと跳ねた。
「お前にも見えたんじゃないか??」
サクラはモモコと対峙し、俺に背を向けたままで続けた。
「み……見えたって、何が?」
「私とアイツの動きが。今の数瞬に何があったか、分かったか」
確かに面食らったが、不思議なことに何があったかは判った。まるで映像がスローモーションで再生されるように、ゆっくりと彼女達の動きが見えたのだ。それどころか視界に映る映像には経過を表す秒数まで見えていた気がする。一体何なんだ、分からないことが波のように押し寄せてくる。
「見えた。はっきりと」
とりあえずそれは確かだ。俺の声は震えている。
それを聞いたサクラはケケケと下品に笑った。
「まさか噂通りとは」
「噂? なんの――」
途端にモモコが動き出し、サクラに上段から斬りかかった。サクラはそれを再び槍で受け止め、鍔迫り合いになる。ギリギリという殺気を含んだ音が空気を震わせ、俺の体を再び硬直させた。
「そんなに心配しなくても、あたしは彼に手出ししないからさ。安心してよ」
「200人殺しの氷室がそれを言うかい」
「176人だけどね。それにアナタだって同じでしょ? 白い蛇まで体に這わせてさ」
「確かに……な!」
鍔迫り合いの最中、サクラはモモコを真下から膝で蹴りあげる。
「クソが……」
いや、蹴り上げようとした。しかし日本刀を持っていないモモコの左手がそれを受け止める。
モモコは片手持ちの日本刀で両手持ちの槍のサクラと同等の鍔迫り合いを……いや、むしろサクラが押され始めている? あの小さな体のどこにそんな力があるんだ。モモコは薄ら笑いすら浮かべている。
モモコは後ろに飛び退き、距離をとった。その顔には呆れの表情が張り付いている。
「ねぇ、もうこのくらいでいいでしょ? やろうよ」
日本刀の切っ先をサクラに向ける。
サクラは槍の柄で自分の肩をコンコンと叩いてため息を吐いた。
「やっぱり簡単にはいかねーか」
「あたしは楽しくて仕方ないけどね。さぁ……」
体制はそのままに、モモコの目が大きく見開かれる。口元は醜悪に釣り上がり、さながら魔女の笑顔の様だ。
「死合しあおう!」