† 二十の罪――鉐眼の叛徒(肆)

「手を緩めるな! お前はその身に魔を宿し、魔を討つ戦士だろう? それとも、その自覚が能力に追い付いていないのか!?」
 息もつかせぬ攻防の中、彼の大喝が耳朶を打つ。
「お前までもが奴等に屈し、我々兄弟の夢を、夢で終わらせる気か……?」

「……被害者ヅラしやがって。あんたが死んで辛かったのは、あんただけじゃねーよ」
 ひときわ激しく紫電を纏わせ、俺は必滅の刃を振り上げた。
「さようなら……兄貴――――」

 魔剣(カルタグラ)に分断された黒霧が消散してゆく。
 しかし、

「だが、甘かったな弟よ」
 さらなる再生を経て、なおも食い下がる異形。
「この俺がこんな傷で死ぬ小悪党だと思ったか? 何もかも捨てた罪がこの程度で消える訳無いだろう! お前の磨いてきた技を、手に入れた奇跡を、その覚悟の凡てをぶつけろ……!」

 彼はすべて、と言った。

(カルタグラでも潰しきれないか……!?)
 もはや他に俺の知り得る大技といえば、ルシファー(あいつ)が初めて会った日に怪魔の大群を跡形もなく消し飛ばした、桁外れの奥義しかない。
(だったら――こいつとの重ね技ならどうだ……!?)
 目にしたのは、あれが最初で最後。我が魂を燃やしきりかねない反動だろうが、ここで迷うようなら、あんなもの易々と放つような相手なんかに心身(じぶん)を売ったりはしない。
「汝等の滅びを以て」
 そう己に言い聞かせたときには、彼の詠唱を口にしていた。

「世界を浄化せん」
 莫大な魔力が迸り、俺を内外から焼き尽くそうとする。

「死んじゃうよ!」
 三条の叫びが飛び込んできたが、俺はさらに出力を集束させた。

「死ぬようならそんだけの命だったってことだろ? まだまだ終わる気はないんでね。脱落者っつーのは、運命を変えられなかった連中のことを言うんだよ。死を待つだけだった俺の運命を変えてくれたルシファー(こいつ)の一撃で、今度は俺が未来を照らし出す!」

 そして、俺は大きく息を吸うと、
「天の――――」
 カルタグラを高々と掲げる。
「雷……!」

 刀身から発せられる波動に乱反射した稲妻は、象山を織り成す怪魔の集合体を隅々まで殲滅し尽くした。

「……やっと、やっとか! やっとこの醜い世界ともお別れ出来る」
 明滅する世界に響き渡るのは、断末魔ではなく彼の哄笑。
 天の雷が殺したのは、怪魔(ぶひん)だけ。依り代を失った思念は、静かに風に溶けゆく。
「答えはどこかにあるかも知れない。だが、そこに辿り着く式は……人には難し過ぎる」
 契約(のろい)から解放された彼は、澄んだ声で自嘲(わら)った。

「でもゼロじゃねーんだろ? なら何千通り、何万通りでも試してやるよ。やってみる価値は十分ある。大人しく納得してらんねーよ。受け身の姿勢はもう、一生分やっちまったんだわ。現実に打ちのめされ、受け入れられず時間を浪費した過去は変わらねえ。でも、いや――だからこそ、ここで攻めきらなきゃ俺は死んでも死にきれねえ!」

 子どもの頃、俺のわがままに呆れたときのように、兄貴が苦笑いしたのが感じ取れる。
「花は散る時に、初めて己の色を知る。その馬鹿げた旅路の果てに、もしやお前なら指先ぐらいは掴めるかもしれぬな。では、先に参ろう。俺もお前も、所詮は人間であることを捨てた罪深き咎人。地獄で待ってるぞ、夢追人(どうほう)よ」

 風は何も語らない。ただ、言葉を届けて過ぎゆく。

「護ろう――誰よりも兄貴が愛した、この世界を」
 誰に伝えるわけでもないが、俺はあらためて宣言した。


                                † † † † † † †

LucifeR
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