† 終わりの罪――夢の彼方(はて)に(弌)
「……おわったのかい?」
瀕死の肢体を引きずり、屋上に辿り着いた彼が友に問いかける。
「ああ、また駄目だった。すまんな」
ようやく身を横たえた茅原に応じたのは、毒気の消えた声色。
「いい夢見れたよ」
「人の夢と書いて儚い、か。皮肉なものだな」
「そうだね。いくら人間を超えたっていっても、しょせんは人間同士での話だって、魔王(かれ)との果し合いで思い知らされちゃったなあ」
「……後悔、しているのか」
「そんなわけないじゃん。この眠りでも、またキミとの夢が増えたりしてね」
「では私は、目覚めた時、再び野望に走り出したくなるような心躍る夢を期待しておこう。なあ登輝、来世があるならどうする?」
「そんなもん信じてないさー。でも、キミがなんかしたいってなら付き合ってもいいよ」
その解答に、かつてと同じような無邪気さで、彼は切り出す。
「……おれには夢があるんだ。笑わないでくれよ」
「笑わないよ」
「世界征服さ」
「はは、そりゃいいねえ」
「笑ったじゃんかー」
「いや、子どものときとなにも変わらないな、と思ってね。じゃあ、キミがみんなを守るなら、ボクがキミを守ろう」
「ああ。心強いな……次は、勝とう」
一帯を隔絶していた結界が解かれ、日光が差し込んだ。
「太陽がこんなに眩しかったのだな……前ばかりを夢中で見る一方で、ずっとそこにあったものにも気づけずにいたとは」
かざす手の平も残っていない象山が、力なく苦笑する。
「これでは救済者、失……格だ……な――――」
友の気配が消えると、仰向けに倒れたまま、彼も穏やかな笑みを浮かべた。
「……死んだのかい、緑川くん? しょうがないなあ。来世では必ず守ってみせるよ」
† † † † † † †
家に着くまでが遠足とは、誰が言い出したんだろう。俺たちの帰路は、組織から解き放たれた怪魔でごった返していた。
「管理者(おやだま)の魔力が無くなった途端にこの有り様かよ。どんだけ保管してやがったんだ」
「実験場にいたのなんて、もとは人間なんじゃないの? 六本木で遭遇した大群も、あきらかに理性ある連携してたし……どんな姿になっても、やっぱり罪なき人をやるのは心が痛むね」
曇った表情で、三条がデスペルタルに魔力を送る。
「死者は生き返りはしない。それに、苦しい想いをすんのは一度きりで十分だろ。なるべく楽に消してやるよ」
しかし、得物(カルタグラ)を使おうにも、成(だ)すことができない。
「此の者等は云わば組織による犠牲者。お前は象山を斃す事で十分に元凶を絶った。彼奴(あやつ)の咎迄お前が負う必要は非ず。下がっていよ。より罪深き魔たる余が裁こう」
泰然と歩み出た、ルシファーの後姿。自分とそう変わらない大きさの背中に、彼はどれだけの重荷(もの)を背負ってきたのか。そんなことも知りもせず、俺は頼りきりだったのだと、今になって実感させられた。
「こんなもんで悪ぃな、多聞さん」
岩に名前を刻んだだけの墓石へ、俺は呼びかける。
「いちお一般には伏せられてる身分だし、墓もたてらんねーもんなあ」
ふと、足下に目が止まった。
「……花?」
季節でもないのに、一輪のカタバミが置かれている。そういえば多聞さん、意外と小さくてかわいらしいものに弱いから、こういう控え目な花が好きなのかもしれない。
「ったく、勝手に抜け駆けしやがって」
そんなことを知っていて、季節外れの花を咲かせられるような魔術に長けた人間は一人しか心当たりがない。
「待ってたのに素通りしたのはそっちでしょ」
岩陰から不満のこもった声がした。隠れて人の独り言を聞いてるなんて、相変わらず悪趣味なヤツだ。
「知んねーわ。もっと存在感を放てよ、あいつみたいに」
目の合ったルシファーも近づいてくる。
「昨晩、彼奴が地獄に来おったぞ」
「ずいぶん早ぇな。さすが重罪人。で、なんか言ってたか?」