† 三の罪――死神と演武(ワルツ)を(漆)
不意討ちすら通用しないとあっては、素手で戦い続けるのは無謀だ。
魔力弾を斉射しながら俺は疾駆し、強引に曲がって剣の元へ――――
「そこまで」
柄に指がかかろうか、というところで所長の一声によって、賭けの結末が示された。
俺の喉元には鎌が突きつけられている。六、七発は受けて、彼女に対する有効打はなし。判定を聞くまでもない、そう溜息をついた直後。
「くっ、う……ッ!」
過大な力に身を任せた反動か、身体の奥底から込み上げるような痺れに膝をついた。頭も混濁している。
(副作用も魔王級ってか……ったく、こんだけ無理して負けんなんてダサ過ぎんだろ。ああ、うっせーよあんたは。ただでさえ耳鳴りがやまねーんだ――――)
薄れゆく意識の中、三条の叫びが木霊し続けた。
† † † † † † †
「こんな所でまた会うとはな。今も奴が表に出ているんだろう?」
静寂に佇む銀髪の少年に、問いを投げかける茅原知盛。
「……一つ教えよ。貴様、人間ではないな」
「さあ、確かめてみるか?」
鋭い目を見返すが、彼の手はいまだ煙管に添えられたまま、微動だにしない。
「人間の世では目上の者に逆らわぬ方が往生出来るそうであるが」
一瞬、一帯の空気に閃電が奔った。
しかし、間を置かずして茅原は、不敵な笑みを浮かべる。
「来るべき時が来たら、どちらが上か決めるのも悪くないだろう?」
「ほう。其れもまた一興」
悠然と去ってゆく武人を見送り、影のない彼は呟いた。
† † † † † † †
「緑川くん、ずいぶんとトイレ戻ってこないからまた倒れてるんじゃないかと思ったけど、大丈夫かい?」
「気持ち悪さはすっかり落ち着きましたわ。ま、いいとこなしでボコられたのは今でも悔しいすけどねー」
結果的に十四位へなりはしたが、あいつのアシストあってのランクだし、何よりトップ層との差を思い知らされた。
「ありゃ相手が悪かったね。彼女、アルビノになっちゃうぐらい高負荷の実験を耐えて鎌一本で三位になった化け物だし」
「今日参加した怪物たちの中でも彼女は別格でしたね……妖屠の強化された眼でも視えないなんて」
「ま、茅原くん抜きだからねー。そう言う新十位の桜花くんもすごかったよ。十一位はともかく、八位も倒すなんて立派立派! もうおじさんより上の人に勝っちゃうとはねー」
「そもそも多聞さんが七騎士に入っていないのがおかしいんですよ」
盛り上がる二人をよそに、俺は手の湿布に目を落とす。
「……確かに、北畠みつきの動きは異常だった。でもいくら人間をやめてようが、元々が同じ人間な以上、なんらかの対処法はあるはず……!」
「おっ、だんだん名前以外も稲目くんみたいになってきたねー」
「さすがにそれは言いすぎですよ。彼が十四位のころはもっと完成されてました」
「ん、俺の前にいたっていう――つーか名前だけ似てても意味ねーじゃないすか」
この名は親父が付けてくれた。さすがに信長はあまりにアレなんで、信雄にしたらしい。せめて信秀にしてくれれば、と何度も思っていたが、歴史オタクであった亡き彼とのつながりを感じることができるので、この平凡な響きも親父の死後、少しは愛着が湧くようになってきた。
「惜しい方をなくしましたね。展男さんほどの実力者がまさか倒れるとは」
「まさか、あの戦闘が彼との別れになるなんて……最後に見た、少し疲れましたって言った彼の後ろ姿、今でも忘れられないよ」
「……激しい戦いだったんですね。やっぱプロでも怪魔の前じゃいつ死ぬかわかったもんじゃねーな」
追憶の扉も程々で閉ざし、俺も会話に戻る。
「いや、死んでないよ。植物状態だけどね」
言葉づかいこそ柔和なままの多聞さんだが、仲間を慈しむようなまなざしが、戦闘の壮絶さや、助けられなかった無念を物語っていた。
「誰もあのときの彼に近づける状況ではなくてね」