† 四の罪――現世(うつしよ)の邂逅(弌)
「多聞さん、象山紀章殿がお見えになられましたけど」
風呂あがり、こたつで多聞さんとみかんの皮をと積み上げていると、柚ねえのコールが入った。
日本支部の宿舎は円形で、彼女が呼び出しに来たエントランスホールから、放射状に各隊の居住スペースへとつながっている。そして内部は、俺たちの今くつろぐ居間チックな共用空間を中心に、それぞれ周囲に私室を持っているというシェアハウス風、と寝起きに関しては裏組織の名から想像されるほど、ガチガチな管理下というわけではない。三条の部屋を見遣ると、もう寝たのか、ドアの小窓から闇がのぞいていた。
「こんな夜更けに珍客ですなー」
「明朝より国内各地の視察に赴くゆえ、東京を発つ前に筆頭顧問として一言、挨拶をば」
ホールで目に飛び込んできたのは、帽子に包帯。あの男だ。しかし、何をしに来たのだろう。
(……まさかルシファーの件がばれた……!?)
「喜多村さんの部下は殉職者が多く、人外と戦う自覚に欠ける、と先だっての幹部会議にて見当違いの失言を致した非礼をお詫び申し上げたく出向いたまで。先刻の模擬戦においても証明された通り、現在の三条班は実に精強だ」
「へへっ、そりゃどうも」
苦笑いして、軽く頭を下げる多聞さん。
しかし、
「……で、本題は?」
彼が顔を上げたとき、その目はすでに、包帯の隙間でわざとらしく微笑む隻眼を射抜くように見定めていた。
「なに、戦場で“荒野の狩人”と名を馳せた国防陸軍元少佐殿の活躍には期待している反面、案じてもいる己もあるもので」
経歴、年齢、実力の割に多聞さんの出世が三条も言うように滞っているのは、こいつら幹部の警戒や嫉妬と無縁でもないだろう。
「我々(アダマース)が行っているは、戦にも狩りにも非ず。ましてや贖罪でも――貴殿は何が為に戦うのか? 生き急いでおられると見受けるが。人外に挑む中で彼等に近づいてゆく一方では、いずれは自らも破滅する日が訪れる定めというもの。眼前の敵を討つことで我を失っては、繋いだ命も天寿を全うできぬこと、努々お忘れなきよう」
「ニーチェ風の忠告、この軍人らしい胸板に受け止めました」
「ふふ、ものの喩えゆえ、気を悪くなさるな。ローマへ戻る前にでも、また語らうとしようではないか。して、次は何の話を……そうだな――――」
多聞さんに背を向け、歩き出した彼は一言。
「悪魔について等、如何だろう」