† 四の罪――現世(うつしよ)の邂逅(弐)
「我々(アダマース)が行っているは、戦にも狩りにも非ず。ましてや贖罪でも――貴殿は何が為に戦うのか? 生き急いでおられると見受けるが。人外に挑む中で彼等に近づいてゆく一方では、いずれは自らも破滅する日が訪れる定めというもの。眼前の敵を討つことで我を失っては、繋いだ命も天寿を全うできぬこと、努々お忘れなきよう」
「ニーチェ風の忠告、この軍人らしい胸板に受け止めました」
「ふふ、ものの喩えゆえ、気を悪くなさるな。ローマへ戻る前にでも、また語らうとしようではないか。して、次は何の話を……そうだな――――」
多聞さんに背を向け、歩き出した彼は一言。
「悪魔について等、如何だろう」
この底知れぬ曲者に、動揺を悟られてはいけない。
幸い、濃くなってきた左面の紋様を眼帯で隠していたこともあってか、彼は振り返りもせずに悠々とお帰りなさった。その余裕綽々な感じがまた、ムカつくわけだが。それ以上に、勿体ぶった物言いよりも、その声質がなぜか癇に障った。
「……鎌かけられたんすかね」
こたつに戻りながら、小声で聞いてみる。
「ポエマーのことだからねー。ま、一言だの少し話をだのって切り出す人間は、結局ベラベラしゃべるもんだ。ただ、彼に注意するに越したことはないよ。桜花くんもね」
「――――!」
眠っているものだと思っていた三条の部屋に、突如として空気の乱れが生じた。
「夜歩きには目をつぶるとして、上司と同僚にあいさつもしないとは、感心できないなあ」
「んだよ、素通りしてやがったのかよ」
疲れているとはいえ、急な来訪者に気を取られて見逃していたなんて、これが御用改めだったら、俺は呆気なく斬り捨てられていたことだろう。
「素通り、じゃないよね。帰宅するのに気配を消すなんて、ちょっと早めのクリスマスプレゼントでもくれる気かい、サンタさん。ま、君自身はともかく、あまりに濃すぎる連れの気配までは誤魔化せてなかったね」
「なんだ、男でも連れ込んでんのか」
「そ、そういうのじゃ……!」
「じゃ、どういうのかな? この数分間で、こたつの上にあったおじさんのおやつがなくなったんだけどー」
「ああ、あのちっさい空薬莢みたいなチョコか」
「ぼ、ぼくじゃないもん!」
「じゃあ誰かがやった、と。まあやましいことがねーなら開けてもいいっしょ」
「疑わしきは罰す、それがチーム多聞丸の掟。ま、信雄くんも言ってることだし、着替え中だったとしてもおじさんはいっさいの責任を負いません」
それを言うなら掟じゃなくて風潮では、と是正させる暇も与えずに、今ふと思いついた設定を適用するこの百八十センチ超えの中年男性は、軽やかにスキップして、ドアノブに手をかけた。
「いやいや、エロ関連の問題何でも俺のせいにすんのマジやめ――って……え?」
昼間ボコボコにされ過ぎて、座敷童でも視えるようになったのだろうか。少女らしさの欠片もない最低限の家具が整然と並ぶだけの寝室に、三条に抱きかかえられて眠る、小さな女の子のような何者かが増えていた。
「ああ、男をお持ち帰りした結果その子が産ま――」
「だまれ元二十六位」
こわい。
「それにしてもかわいい子だねー。どこで誘拐してきたのかな」
「ちょっと、ドスドスしないでください。ってか、デカい。チョコ食べてやっと眠ったんだから」
最近おかしいとは思っていたが、今日の彼女は特にキャラが不安定だ。生理だろうか?
「体格はしょうがないでしょー。って、やっぱおじさんのチョコは食べられちゃってたのね。にしても、最近のこういうの、よく出来てるねー」
謎の幼女をまじまじと見つめ、頭に被っている触角のような飾り物をツンツンといじくる、百八十センチ超えの中年男性。
「あ、ちょっと……!」
三条が制止したが、時すでに遅し。丸々とした目がゆっくりと開く。
その、あまりに愛らしい顔立ちに、一同が思わず息を呑んだ瞬間――――
「なんじゃそちはーッ!? ぶ、無礼者め……吾輩は地獄元帥だぞ」