† 六の罪――第三の悪魔(弌)
「いや、殺すのはやめとけよ。犯罪だし」
「うん、人殺しは良くないよ。そもそもアレだ。革命が国家転覆罪じゃん。ま、熱い想いがあるならキャバクラで語りな。悪いけどおじさんも暇じゃないんだ」
「な……っ!? 我々愛国者の血と涙を侮辱するか!」
「……どうします?」
激昂する、茅原と愉快な仲間たちの後半のほうを尻目に、三条が指示を仰いだ。
「あ、うん。もう突破するわ。なんか飽きてきたし」
「っつーことだから、おっさんたち、悪いけど血と涙はここで流しきってもらうぜ」
左右の足下に、高速移動用の魔法陣を顕現させる。
「いや、君たちは魔力を温存しておきな」
孔だらけになったトランクから、鉄の塊を軽々と取り出す多聞さん。
「馬鹿な! 三十キロはあるはず――」
刺客が言い終わらないうちに、一発ずつを聞き分けられないほどの連射音が轟いた。断末魔を上げる間もなく、彼らは肉片と化して四散してゆく。
周囲の敵意が皆無になるまで、無機質なミニガンの咆哮だけが聴覚を支配した。この名は当社比で付けられた愛称らしいが、ネーミングに違和感を覚えなかったのだろうか。
「五百発は使っちゃったかなー。あの世で待っててくれたら、いいお店いつか教えてあげるよ」
「もう聞こえてないと思いますよー。つか連中、ずいぶんと用意がいいみてーだけど、それぐらいは聞いといたほうが良かったんじゃないすか?」
「生け捕りにする時間が惜しい。それに魔術の気配がした。ね、桜花くん?」
「ええ……これは口を物理的に割ってでも出てこないやつです」
人工島の突端部に達した俺たちを迎えたのは、水平線を埋め尽くす黒々とした影だった。
「なんつー数だ……!」
「これだけの怪魔が群れで行動する以上、おそらく親玉がいる。この数を統率するほどだから、生半可な相手じゃないだろうね」
「どうします? 柚ねえには連絡つかないし、軍も動きが見られませんね。隊長として、まずはチームのみんなと合流するのが先決と思いますが」
横須賀から今すぐ動かせるだけ持ってきたのか、沖合を護衛艦が数ノットの低速で行き交っており、上空のヘリはせわしなく旋回しているが、様子見しているだけのようだ。
「二一式戦車にながと型護衛艦、あれはあかぎ型かな……彼らも本気みたいだけど、通常兵器じゃ打つ手なしだろうし、うちらで切り抜けるしかなさそうだねー。緑川くんは彼らを率いて茅原くんを見つけに回ってくれ」
そう伝えると、多聞さんは橋を渡っている国防陸軍の一個小隊にジェスチャーを送った。
「二人だけで大丈夫なんすか?」
「いざってときはゼブブっちもいるさ。ま、彼女に暴れてもらうなら人目を遠ざけないとね」
「そーいや、あいつ今どこに……まさか! さっきの奇襲で――」
「結界で周りの世界ごと塗り替えてもらってるから見えないけど、その辺にいるはず。きみは人の心配より一人前に仕事をこなしてきなさい」
三条が言うには、どうやら俺が思ってたよりも、遥かにスゴい悪魔らしい。
「アダマースの何代も前身が退治にかかわったっていう千年前のおっかない鬼だって、首を斬られたら死んだ。茅原くんがとろうとしているのは日本の頭。同僚が怪魔を見逃せないことを知る彼が、ここにアダマース(うちら)を釘付けにして狙うのは――」
「筆頭執政官のいる、行政省……?」
政治はさっぱりな俺でも、内閣制度が廃止されてから日本の舵取りをしている機関ぐらいは答えられた。
「――千代田区で茅原知盛と思わしき人物が目撃されたようです!」
飛び込んできた無線に、顔を見合わせる。
「やっぱ怪魔は囮だったかー。たのんだよ。所長にも応援を派遣するよう言ってみる」
曇ってもいなかった空が、ふいに泣き出した。
それどころではないのに、じっと三条が手の平を眺めている。
「この雨……」
「んだよ、雨ぐらいで気を取られてる場――え、赤……い……?」
ぞっとして多聞さんに目を移すと、彼は大海原の果てにいる何かを睨むように見つめていた。
「悪魔の現れる前兆だよ。血の洗礼、だったかな。たしか地獄大公――」
「夏でもないのに陽炎が……!」
続きを遮るようにして、口々に騒ぎ始める後方の兵士たち。
多聞さんは溜息をつき、煙草を手に取る。
「行きな。もうすぐここは、地獄になる」
大穴と火災で変わり果てた路上。十数人の兵士が倒れ、苦悶の呻きを上げている。
(今ので全員やられたか――なんて腕だ……!)
辛うじて生き残った俺は、ビルの影に転がり込み、息を整えていた。
行政省の屋上に、僅かな手勢と立つ茅原を発見し、先手を取ることに成功。開幕一斉射撃で茅原以外を全滅させたが、それからの数十秒は、誰一人として一撃も与えられなかった。
「って、うおァッ! ちょ、跳弾!? こっちの位置は見えねーハズ……やはり使い魔のサポートか」
何発かの銃弾が意思を持っているかのように、頬を掠めてゆく。
(……止んだ、のか……?)
再び訪れた静寂。まるで空気までもが彼の殺意の的になることを恐れ、息を潜めているようだった。
「――ッ!? いきなり風が……!」
風に乗って、茅原の足音が聞こえてきそうなほどの威圧感に、身震いする。
「あらゆる要素から瞬時に判断し、最適な動作を最短で行う。研ぎ澄まされた直感と磨き上げられた予見。武の頂に至らずして達せない極地。お前に見破れるか」
近づいてくる声は、落ち着いていながら、心の奥底にまで刺さるようだった。方向を見極め、両脇のビルを壁蹴りで駆け上って、彼の頭上から銃撃を放つ。
が、
「不意討ち以外に芸はないのか」
呆れたように目を瞑った茅原に、真後ろに滑り退いて易々と躱された。
「うそ……だろ……?」
着地してからも、すかさず追撃を浴びせ続けるが、波にでも乗っているかのように身体を揺らして避けられるばかりだ。
「……この距離なら剣の方が速い。抜け」