† 五の罪――運命(さだめ)との対峙(肆)
「優秀な軍人だった茅原くんがたった数十人で挙兵なんて、なにかしら考えてのことだろうし、東京湾に多くの怪魔の反応があるとも聞いた。まあ陸路は陸軍とヘルシャフトが構えてるから、僕らはお台場に展開して沿岸で迎え撃つ」
南へとひた走る車で、銃のチェックを行いながら多聞さんの説明に耳を傾けるが、こんな事態なのに対応の早さが気になった。
政府の指揮下にある軍や林原正俊なんかと、各国の承認と協力を得てるとはいえ、俺たち民間組織が連携して動いているのも違和感がある。あたかも、乱が発生することを知っていたかのような――――
「しっかし、連中が陸(おか)を北上しねーでも、勝手に殺し合いが始まりそうな組み合わせだな」
「林原くんもこういうときぐらいは大人になれる子だよ、たぶん。んで、こっちは中央に沢城所長。左翼にオネエ系最強の鞭使い、世界五位の赤崎権兵衛。右翼にかつての首席妖屠で、現四位のクロムウェル卿の七騎士コンビが布陣。そして、我々チーム多聞丸は、栄えある先鋒を任せられたよ」
「そいつは分かったけど、政府(うえ)は何してるんすか」
「対話による平和的な解決を模索してるんだって。おこがましいことこの上ないねー。戦争を知らずに平和を語るなんて、見苦しくて腹立たしい」
「革命側の言い分に耳を貸そうなんて笑わせてくれますね。正しい戦争も間違っている戦争もねーのに。罪なき人々を巻き込んだことは許されない――どんな理由があっても、戦争は人殺しだ。で、今さらだけどヤツは何歳なんすか?」
「えー、いくつだったっけなー。ああ見えて三十はいってたような」
信じ難いが、こんなときにまで冗談を言うような人ではない。
多聞さんも真顔でハンドルを握っていたが、ふとバックミラー越しに三条を一瞥する。
「桜花くん、大丈夫かい? 契約について、まだ結んだわけじゃないんだろう」
「生身でもやれます! 対人戦闘の特訓をしてきたかいがありました。ぼくも、戦います……!」
彼女は、意思(ねつ)と緊張(ねつ)のせめぎ合うような表情(かお)で口にした。
「おお、来たか多聞丸」
割れる人だかり。妖屠数十人の中心で座っていた沢城是清が、俺たちの姿を認めて歩み寄って来た。
「彼に呼応して武力蜂起した軍関係者たちと、大量の怪魔による二段構えじゃ。総勢は百に満たぬというから、本命は後者だろう。こちらもかき集められるだけの妖屠とエージェントを召集しているよ。さらに、陸海空軍に海兵隊が計九万五千。情報の漏洩を防ぐため、警察は使わない。叛乱鎮圧の総指揮を執るのは、君もよく知る陸軍の日笠時宗中将であられる」
「ここへの道中でいくらか目にしましたが、そこまで多いとは……これほどの大規模な混成布陣を即座に整えるなんて、いくら日笠さんでも――」
「ああ、都内のあいさつ回りを済ませて仙台ゆきの便を待っていた象山さんが一報を受けて、空港から飛んで来てくれたんじゃ。彼のアドバイスに基づいて、中将が編成をされたのがこれだ。どうだ、隙のない配置だろう?」
所長の言葉に、背後で控える妖屠たちが口々に頷く。
「いやー、それにしても、筆頭顧問が東京を出る前で良かったな」
「……ホントによかったのかな」
多聞さんはふと、自問するように呟いた。
「ん、どういう意味じゃ?」
「あ、いえなにも……それより、人外嫌いの茅原(かれ)が怪魔を主役に持ってくるとは引っかかります。むしろ派手に暴れる彼らを捨て駒に、裏の裏をかくぐらいやりそうな男だ。実際、彼がどこにいるのか、つかめていないのでしょう?」
一握りの手勢で、二十一世紀のキューバ革命でもやるつもりだろうか。
見つかれば終わりの少人数だが、目立たなさすぎれば心配も無用。自分たちが陽動と思わせ、あえてマークを緩めさせる、一周回った戦法――考え過ぎのようで、彼は自らの手で的を一直線に射抜く者だと、あの日見かけただけに過ぎない相手の記憶が警鐘を鳴らしている。
いや、俺が茅原と一度しか会ったことがない、と思い込んでいるだけではないだろうか……?
「まあ用心するに越したことはない。本人の居場所を引き続き捜索させる」
「では、僕たちは持ち場につきますゆえ」
所長に頭を下げ、多聞さんの後に続く。
「――とは言ったものの、もうふところに入られちゃってるみたいだね」
埋立処分場のある小島へと渡る橋に差しかかろうとした直前、多聞さんが急ハンドルをきって、車は茂みへと滑り込んだ。
「きゃ……っ!」
存外に女の子らしい三条の悲鳴をかき消すようにして、銃弾が俺たちのいた路面を抉る。
「くっそ、先回りされてやがったか!」
気配は二十ほど。全員が軍人のようだが、この人数で防衛網に穴を開けたなんて信じられない。
(……まさか、穴は最初から開いていて――――)
そんなことが脳裏をよぎるも、殺気を感じて、ドアから飛び出すことに意識を切り替えた。
脱出から秒を待たずに、蜂の巣となる車。
「国の癌は殺処分する」
「ほぁ。そうなんすねー」
クレーマーに詰め寄られたやる気のないバイトのように、樹上の多聞さんが幹に寄りかかっている。
「いや、殺すのはやめとけよ。犯罪だし」
「うん、人殺しは良くないよ。そもそもアレだ。革命が国家転覆罪じゃん。ま、熱い想いがあるならキャバクラで語りな。悪いけどおじさんも暇じゃないんだ」
「な……っ!? 我々愛国者の血と涙を侮辱するか!」
「……どうします?」
激昂する、茅原と愉快な仲間たちの後半のほうを尻目に、三条が指示を仰いだ。
「あ、うん。もう突破するわ。なんか飽きてきたし」