† 六の罪――第三の悪魔(参)
「そもそもソドムとゴモラって、同性愛で滅ぼされたんじゃなかったっけー。おじさんホモじゃないし納得いかないんすけど」
「うむ。沿岸のどこかに、いるということだろう……彼ら彼女らが」
「やっぱり東京湾のど真ん中なんかできみたちが同窓会おっぱじめたのが悪いんじゃん! 魔界でやれ! てかホモのせいで悪魔祭に巻き込まれて死にたくない。うーっ……ベルゼブブ、ぼくの魔力を使って!」
「たわごとを! そちと契約など――」
「それしかないんだ! 早く!」
桜花の悲痛な嘆願に、幼い顔を曇らせるベルゼブブだったが、意を決したように凛としたまなざしを返した。
「いいのだな……ほんとうに」
「桜花くん、時間が……!」
おぞましいまでの殺気が莫大な熱量を生じさせ、ベリアルの痩躯が陽炎に揺らぎ始める。
「此の身は紅蓮の具現 咎人を灼き尽くす焔を我が手に!
咲き乱れよ、業火の花弁 断末魔と共に灰燼と化せ」
迸る閃光。瞠目する群衆。
そして――ここに、二つ目の太陽が昇った。
「――――灼熱狂騒曲・廃都終焉(ソドムフレイム)……!!」
荒れ狂う熱風に、海面が逆巻く。
極大の火柱が続々と天を衝いた。あまりの火勢で、遠巻きに包囲していた海兵隊も後退する。
「くっ、来るぞ……!!」
駆け抜ける猛炎と衝撃波。その刹那、東京湾は文字通り、火の海と化した――――
「おのれぇ……次はないぞ公爵ぅうううう!」
紅焔で満ちた視界の中、熱風を切り裂いて急降下するベルゼブブ。
「おやおや。貴方が肉弾戦とは、よほど魔力が不足していると見える」
ゆらめく炎に悠々と溶け、霧散を繰り返すベリアルが嘲笑した。
「わたくしの結界内では、およそ人に害なす存在すべてを自在に降り注がせられる。雑魚を庇いながらでは防ぎきれませんよ」
彼が左手をかざすと、海上の護衛艦が浮き上がってゆく。
「――――天罰の逆落とし(アティクメテオリット)……!」
自重で空中分解し、地上を襲う無数の鉄塊。
「ぬぅ、あいも変わらず誇りのかけらもない輩よな……ッ!」
蜘蛛の巣さながらに頭上に張り巡らせた魔力光の網で、ベルゼブブはことごとく受け止める。
「人間よ。邪魔になる。ゆけ!」
接触した箇所から腐食するように崩れ去ってゆく破片を見届けながら彼女は、人外の攻防に絶句している桜花を促した。
「……えっ?」
「結界についやす魔力も惜しい。そちも吾輩の姿を見られては困るのじゃろう」
戸惑いに足を取られたままの部下を小脇に抱えて多聞が脱出すると、翼を現出させて舞い上がった堕天使と、同高度にまで急上昇する地獄元帥。
「よもや空で吾輩に勝てるとは思っていまいな」
「強がりとは幼いですよ。やはり魔力が弱々しい……主に負担をかけぬよう、気遣っているつもりとでも? だが――出し惜しみをしていては、わたくしには勝てない!」
ベリアルの周囲を旋回する炎の渦が、いっそう火勢を強めた。
「あれとはかりそめの契約をしたに過ぎない。戦うのは我が意思だ! 吾輩の主は幾世をへても、地獄の王その方のみ!」
「フッ、大好きな地獄に送り返してさしあげますよ」
相対する二柱の大悪魔。燃え盛る港湾が、闇夜に浮かぶ彼らの影を煌々と照らし出した。
† † † † † † †
高度に発達した科学は、魔法と見分けがつかない――そう聞いたことがある。確かに、磨き上げられた武術は時として、魔法以上に信じ難き妙技をなすものだと実感したまま、横に九十度反転した世界を俺は眺めていた。
「その力、敵として出会っていなければ、我が軍に欲しかったものだが……さらばだ」
近づいてくる茅原の剣が、夜明け前の群青に光っている。
「お断りだ。あんたの掲げる理想がいかに立派だろうと、そのために誰かを巻き込んでいい理由にはならねーよ」
こう答えるのを知っていたかのように、茅原の白刃が振り上げられた。
「フン、負の感情を糧とする怪魔(やつら)は、失政の続く限り増え続ける。印象でしか判断できん分際で綺麗ごとをほざく若造が――来世では見抜ける目をもって生まれられると良いな。最後に、名を教えろ」
「……緑川信雄」
「そうか。緑川信雄――お前の剣技は若くして大したものだった。しかし、我が境地には及ばない。悪く思え、俺を。恨みと共にまた挑んで来い。その度に、憎しみごと成仏させてやる。」
本物の戦地で殺し合いに勝ち残り続けてきた彼の言い分には一理ある。
ならば、
(――差など埋めればいい。届かぬ境地(たかみ)にいる相手なら、無理をしてでも背伸びしてやる……!)
砂利を掴むこの手の力みが、俺の内なる生命の火がまだ燃えたぎっていると、静かに、それでいて、強く物語っていた。
「まだ動けるとはな。弱者とはいえ、やはり殺すには惜しい男だ」
突きつけられた切先を跳ね上げて俺が飛び起きると、物言いに反して期待していたとばかりに、茅原は紫煙を吐き出す。
「だろ? あいにく、諦めの悪さには定評があるんでね」
† † † † † † †
異次元の戦場を離れた二人は、同僚を追って行政省へと急行していた。
「多聞さん、あれは……!」