† 七の罪――劫火、日輪をも灼き尽くし(弌)
異次元の戦場を離れた二人は、同僚を追って行政省へと急行していた。
「多聞さん、あれは……!」
いまだ信雄は二本足で茅原と正対していたが、その様子は遠目でも何らかの異常が彼に起きつつあると伝えている。
「んな近くて高い壁ぐらい……とっくに見えてるわ」
彼がふらついているのがダメージによるものだけではないことは、痙攣のような震えと、見開かれて紫に変色してゆく瞳から一目瞭然だった。
「だがな――それぐらいで……止まる……よう……なら――――」
息も絶え絶えに、膝を突く信雄。
「最初から……挑戦なんて、しね……よ…………」
ついに這いつくばったが、今なお闘志は溢れ出している。
「寄るな! まだ、終わっていない」
茅原は倒れ伏した彼から目を離さぬまま、駆け寄ろうとする桜花を一喝した。
(極みを目指す武人同士の激突――だれにも邪魔できないことはわかってる……でもこのままじゃ、もっとたいへんなことに……!)
多聞に制止された彼女が食い入るように見守っている最中、信雄が上体を仰け反らせて、悶え苦しみだす。
「うおおあうわああぅおおおおッ!」
一際その絶叫が大きくなると同時に、
「なっ……!?」
網膜を焼かんばかりの紫電が奔った。
「――此の者は弱者に非ず。無知の知とはよく云ったものよ。弱者とは、弱きを自認している者でない。己が弱さより目を背ける者だ」
明滅の中より、常闇を纏った痩躯が浮かび上がる。
「斯様な形で再び相見えるとはな」
意識を失った信雄の上に佇立する、黒衣に赤ローブの美青年は呟いた。
「やはり出てきやがったか」
声のトーンを落とし、茅原ははじめて煙管から手を離す。
「悪魔は嫌いか?」
溢れかえる魔力で波打つ銀髪の合間から、射抜くような双眸で問うルシファー。
「ああ。人外はいけ好かんタチでね。今から大物を一匹狩るとこだ」
依然としてベリアルは健在なのか、血のように赤々とした雨が、両雄を隔てるかの如く降りしきる。
「然れば重畳。心置き無く貴様を返り討ちに出来ると云うものよ」
ルシファーの周囲数十メートルに及ぶ地面が、紫の魔法陣で覆われた。
「……いつかの質問にも答えるが、察しの通り、人間とは呼べん身になってしまってな。もう人間に敵はいない」
茅原は不敵に嗤い、続ける。
「一度、戦ってみたかったんだ。本当の人外と。化け物なら――悪魔の一匹や二匹、ぶっ殺してみせんとなあ!」
そう言って、彼は二本目の剣も抜くと、左のみ逆手に構えた。
「さて、命のやりとりといこうか……!」
次の瞬間、茅原は一足で間合いを詰める。
「温いな」
右半身に迫る上下二段同時の回転胴を、氷壁を生み出して、食い止める魔王。飛散した破片が意思を持っているかのように、茅原へと上下左右より殺到する。
しかし、
「……それは――お前が、か?」
数十はあった氷の刃を残らず叩き落とした茅原が、間髪入れずに追撃を撃ち込んだ。
「退屈せぬな。バアルの矛を思い出す」
ルシファーは舞い上がって避けると、上空から魔力弾の乱射を浴びせる。
「悪魔に悪魔と比べられてもなあ……ッ!」
次から次へと躱し、弾き、逆に短矢を投擲して反撃。
「並の悪魔と同列に語るでない。我等悪魔は二つに分けられる――地獄の覇者たる此の俺と、其れ以外だ」
危うげなく掴み取った矢を握り潰す。
「ならば地獄の王様とやらに、この世の地獄を見せてやろう」
指の股に挟んだ数本の矢を、続々と投擲する茅原。ルシファーは槍を生成し、これを涼しい顔で防いでゆく。
ついに槍が砕けたのを史上最強の妖屠が見逃すはずなく、無数の矢と魔力弾が一斉に放たれた。
が、
「……我が得物(カルタグラ)を使わせるとは」
ルシファーが黒々とした剣で薙ぎ払うと、それらは刀身に触れるや否や消滅してゆく。
「やっと魔王らしい武器を出したか。なら教えてやろう。俺がなぜ“史上最強の妖屠”と呼ばれているのかをな!」