† 九の罪――殺し屋殺し(参)
「まだまだーッ!」
息もつかせぬ連撃は、幻影の接近を阻み続けているが、蛇の如くうねる魔力で無数の剣閃を描く信雄も、限界が近い。
そして、残る一人が間近に肉迫していた。
「無理できんのも……人間だからだろうがァああああ!」
すれ違うのは、他ならぬ北畠みつき本人。
対して、信雄の繰り出した胴払いもまた一筋。
「――――っ!」
交錯は、一瞬だった。
「え、みつき――きられた、の……?」
一人に返った処刑人が、緩やかに仰向けで倒れ込む。
「ああ、お空……きれい。そういえば、お空もろくに見上げることない人生だったな……こんなにきれいなのに見納めだなんて――なんだかくやしいなあ」
カルタグラの斬り口に沿って、その身はすでに透け始めていたが、横たわる彼女は取り乱しもしない。
「ふしぎ……負け、すなわち死って聞かされてたのに、殺すばかりだったから死ぬなんて考えたことなかった」
相も変わらず、抑揚のない喋りで独白する。
「こんなに、くやしいんだね。くやしい――おかしいな。こころなんて……なくしていた、はずなのに――――」
くやしい――それは、彼女が怪魔に屈した被害者として妖屠になった日、得物(デスペルタル)に込めた想いだった。
「あげる。あなたがみつきにかんじょうをよみがえらせた、あかし…………」
もともと白い肌が露と散りゆく間際、彼女は消え入りそうな声で、警棒大に還(もど)ってゆく鎌を差し出す。
「そのかわり、まけたら……ゆるさない……から――――」
信雄が見つめ返した無に還る直前の死神は、僅かにはにかんでいるようにも見えた。
「終わった、の……?」
みつきの遺したデスペルタルを握り締めたまま、彼女のいた地面にじっと見入っている少年に、桜花が声をかける。
「あいつ、今までずっと人形みたいだったけど、最後は悔しがりながら逝ったよ……けど、負けたことを悔しがるだけ。死ぬ間際になるまで、そんなことも思えないぐらい心を壊しやがった組織を恨みもせず、静かに消えてった。俺らより若い女の子がそんな組織のために殉職したんだ。死ぬまで尽くしてきた組織様は、あいつのこともデータの処理ぐらいで忘れるだろう。だったら、あいつは何のために生まれてきたんだ…………」
うなだれる信雄の声もまた、沈んでいた。
「こんなにボロボロになって、それでも人のことばかり……妖屠になってこわれたのは、あの子だけじゃなくて――」
「っはー! たまげたたまげた。使いこなすにはほど遠いが、カルタグラを目にしてなお、おくさぬとはな。さすがはご主人さまの見こんだ狂人! まさに、こやつこそバカと天才は紙一重の紙じゃのう」
桜花の嘆きを遮るように、腕組みしてベルゼブブがうなる。
「紙でいい。薄っぺらでも、光の差すだけの隙間をこじ開けてやる――――北畠みつき、悪いがあんたのために泣いてる暇なんてねーんだ。殺した俺自身の罪がその程度で減るなんて思えるほど、おめでたい頭でもないんでね。何より、涙は生きてる人間のために流すもんだろ。俺を殺して生きるつもりだったあんたの代わりに生きるんだ。俺がその悔しさ、背負って勝ち続ける。連中があんたのこと忘れても、あんたの無念、俺はずっと覚えとく。忘れねーよ、北畠みつき」
自らに言い聞かせるようにして、デスペルタルをしまうと、信雄は立ち上がった。
「いくぞ。あいつみたいな子を増やさないためにも、俺たちは立ち止まるわけにはいかねーよ」
桜花は微笑んで小さく頷き、後に続く。
が、
「まったく、ほんっと無茶するんだか……ら――」
そのまま、前のめりに倒れ伏した。
「お、おい……!」
「待て! これは――――」
信雄が駆け寄るも、彼女から放射された、どす黒い渦にはね飛ばされる。
言葉にならない悲鳴と共に、頭を覆って身をよじらせる桜花。掻きむしる胸には、毒々しい刻印が浮き上がっている。
叫喚響き渡る寒空の下、降り出した冷たい雨が、彼らの業を責めるかの如く、激しさを増していった。
「くく、くっくっくっ……ふはははははは!」
捕縛されたベリアルは、高らかに哄笑する。