† 十一の罪――さくら花 散りぬる風の なごりには(参)
(死は怖くない。覚悟など、兵士を志したときから、とっくにできていた。だが――弱肉強食のこの世界でこんな外道より下として終わるのは、怖くてしょうがない……!)
歯を食い縛って、多聞は立ち上がった。
「ぐうぉおおおおおぁああー!」
雄叫びと共に駆け出す彼に、迎撃の炎弾が殺到する。
「フン、そこまでだ」
最後の力を振り絞り、壁を駆け上がって回避した多聞を見遣るまなざしは冷ややかに。横薙ぎに払う業火は、文字通り地獄の熱さ。
「ッ、あ……っ!」
さしもの偉丈夫も、火だるまとなって床に転がる。
「まったく、強情な男だ。最後の最後までこのような悪あがきをするとは……勝算など皆無と、言ったじゃありませんか」
力尽きる間際に多聞がガンブレードを投げつけてくるとは予想外で躱しきれなかったのか、肩口を濡らす鮮血に目を落とし、ベリアルは呟いた。
その直後。
「強情で悪かったね」
「な――なにっ……!?」
一本のナイフが、彼の薄い胸板を貫いていた。
「……引き分けなら、あったみたいだ」
気力だけで起きようとするも、前のめりに倒れ込んでしまった多聞。しかし、致命傷を受けてなおも戦士としての本能か、体重を預けるようにしてベリアルに白刃を突き立てている。
「言ったじゃん。これでもおじさん、軍人だったからさ。もともと魔力なしで戦ってたんだよねー」
彼は焼けただれた顔で力なく苦笑すると、再び崩れ落ちた。
「ほう」
感心したような面持ちで、象山が死闘の結末を眺めている。
「ぐっ、ぐぶふぉ……ッ! うぐっ、うぅ……ククク、人間にしてはやるではないか。こちらも戯れが過ぎたようだ。象山殿、申し訳ありませんが、夢の続きは――永遠なる眠りの中にて見るとします」
本体が現界しているソロモン七十二柱の悪魔にとって、その身を破壊された末に待ち受けるのは、消滅に他ならない。
「自爆とは炎の悪魔らしい。華々しく散る様、見届けてやろう」
筆頭顧問は顔色一つ変えず、悠然と佇んでいる。
「……この世のすべてを見てきたつもりですが、無の先には何があるのでしょう。まったく――心躍る旅になりそうだ」
一面の火の海に横たわる老戦士に、もはや逃げる余力はない。
(なにかを犠牲にしなければ、なにも守れない――そう思ってた。前は同盟軍の部隊を切り捨て、日本軍を守った。今は……なにも守れなかった)
護るべきものを失くした彼は自責しながら、戦後の平穏を脱け殻として過ごした。
(……ばかだな。あのポジティブばかのことを笑えないや。なぜ、僕はまた……守ろうとしたんだろう)
そこで妖屠となった多聞を待っていたのは、再び人々を護る日々。しかし、一人でも多く救えると思えば、辛い別れも、過酷な戦闘も耐えられた。
「そうか……僕の求めていたものは、最初から――変わらなかったんだ」
ゆっくりと双眸を閉じた彼の瞼に浮かんだのは、これからも護り続けてゆくと誓った日の面影。
「しょうがない。次は必ず、守ってみせる。次があれば……そう――――」
猛炎の中、その独白は、静かに溶けていった。
† † † † † † †
「くっそ、これじゃカルタグラの届くとこまで近づけねぇ……」
三条を覆う呪壁から絶え間なく射出される毒霧に、依然として成す術がない。
一向に活路が見出せず、食い縛る歯を軋ませていた俺の耳に飛び込んできたのは――――
「無様だな。くそガキ」
虚空から降ってきた武骨な声。
「えっ……!?」
その主は、鈍色に輝く一対のトンファーで瘴気を斬り裂いて、降下してくる大男だった。
「なっ、なんであんたが……?」
「あ? ヘルシャフトの武力は国と民を護るために与えられてんだ。なーに驚いてんだよ。 つーかてめェ、その傷で動けるたァ人間をやめやがったか。もっとも、んなうめェ話は世の中ねェわな。魂が肉体のダメージを肩代わりでもする、大方んなもんだろ」
「……そりゃ何かを得るためには、何かを失うだろうよ。代償もなしにやりきれるなんて思ってねーさ。だから俺はかけるぜ。こいつのために、この身を」
相変わらず粗野な林原に、覚悟の程を示す。
「聞こえてんか、小娘。このザコはてめェのために命をかけるそうだ。てめェも腹くくれや」
「俺は死ぬこともできない。おまえは限りある命。その貴重な未来をんなとこで無駄にするな。多聞さんだっておまえのことをどんだけ心配してると思ってんだ」
俺たちの呼びかけが届いたのか、双唇を震わせる三条。