† 十一の罪――さくら花 散りぬる風の なごりには(弐)
「ベラベラしゃべっちゃってくれてっけど、俺を帰すつもりはねーってことか」
それまで飄々としていた大男は、目つきを一変させて信雄を見定めた。
「……だったら、どうする?」
「弁護士を呼んでくれ」
「……ふっ。いやー、おもしろいねー、君っ! 警察がだめなのに弁護士ときたかー。気に入ったよ。えらい人たちにお任せする気まんまんだったけど、ちょっくら上にかけあってみるかな」
上機嫌そうに部屋を後にする男。
残された少女も、早足で退室する。
「……新たな出会いなんかじゃ、ないもん――――」
廊下に出た彼女は、名残惜しげに振り返り、憂いを帯びた瞳でドアを見つめた。
「えー、喜多村班が武蔵野市で怪魔との戦闘中に保護した少年・緑川信雄の処遇じゃな。柚木」
日本支部の面々が大テーブルを囲んで着席すると、柚木が指名される。
「過去の目撃者同様に処理すればよい話かと」
「記憶を消す、と」
淡々とした口上に、沢城が確認するように付け加えた。
「うちのチームで預かるのはどうでしょうかねー? いよいよ桜花くんと二人になってしまったもので」
「喜多村班はヘルシャフト発足に際し、育成してきたランカーを引き抜かれ、先日、重傷を負った稲目展男も意識が戻っていませんね」
「柚木の言うように、喜多村班には人員補充が必要じゃと考えていたところではあるが、林原に取られたのはともかく、おぬしは部下を次々と死なせとるからなあ。これ以上、殉職者に連ねる名が増えるというのも困りようじゃ」
「うーん……せっかく稲目くんと名前もかぶってるし、見込みありそうなんだけどなあ」
多聞が会議室を出てから、薄暗い廊下をついてくる気配が一つ。
「……なんだ、まだ起きてたのかい」
珍しく乱れている部下の息遣いと足音に、参ったとばかりに彼は向き直った。
「お願いです。彼の記憶を消すのは、どうか――――」
掠れ声で少女は懇願する。静寂に響き渡るそれは、上司も耳にしたことのない悲壮感と真剣味を伴っていた。
「もう逃げて。きみがおぼえててくれただけでもよかった」
「良くねーよ。俺はおまえを思い出にするつもりなんてねーからな!」
吹き飛ばされようと、すぐに膝立ちまで起き上がり、信雄は言い放つ。
「おい蝿っ子。どうにかなんねーのか、この黒いの」
「吾輩のふしょくの力が喰らうのは敵だけではない。人間の魂をもむしばむのじゃ。この娘の命を吸い尽くすまで止まらん」
「なら、その現象ごと消すしかねーな。カルタグラは斬った存在を否定する剣なんだろ? どんな呪いだろうと、この世になかったってなっちまえば汚染も収まるんじゃねーのか」
「……あの娘ごと害すおそれがないと、ちかえるか?」
「原因はあんたと契約したことによる、いわば歪みだ。元々あいつの中にあったもんじゃねーなら、具現化して外に出てきてる部分をやりゃ解放されるはずだろ」
彼は毅然として反論するが、顔をしかめるベルゼブブ。
「う、あうぅ……だッ、だが――――」
「だが……? だが、なんだ? 他に手でもあんなら言えよ。言葉にできねー程度の決意と算段なら、無意味に消極的な姿勢を示すな。こうしてる間にも三条の心は死んでってんだろ? 心が死んだまま生きてたって、それは生きてるって言わねーよ。もう、みつきみたいな人ならざる人はたくさんだ! たくさんなんだよ…………」
信雄の悲痛な叫びを、無機質な雨音がかき消していった。
「……全魔力を集束して防ぎきりましたか。よく耐えたものですが、次の一手が続かなくなった以上、もはや万に一つの勝算もありませんよ。なかなかの手応えでしたが、そろそろ、この幕はしまいとしましょう」
ベリアルは満身創痍の老兵を一瞥し、手元の焔を波打たせる。
(死は怖くない。覚悟など、兵士を志したときから、とっくにできていた。だが――弱肉強食のこの世界でこんな外道より下として終わるのは、怖くてしょうがない……!)
歯を食い縛って、多聞は立ち上がった。
「ぐうぉおおおおおぁああー!」
雄叫びと共に駆け出す彼に、迎撃の炎弾が殺到する。
「フン、そこまでだ」