† 十二の罪――存在(たましい)滅(ころ)す刃(弌)
不愉快そうに黙っていた林原が、呆れたと言わんばかりに溜息をついた。
「んだよ、結局は諦めの悪ィバカガキだらけってか。ま、んな度ォ超したバカに主役は譲ってやる。この俺様を時間稼ぎに使うんだ。見せろよ、バカの意地ってもんを」
「恩に着るぜ。じゃ、見せるとしますかー、必殺の剣(つるぎ)を……!」
俺が魔法陣の中心からカルタグラを抜き出したのを認めると、ベルゼブブが意を決したように頷く。
「契約、破棄……ッ!」
途端に、三条の心身を塗り潰していた呪毒の渦が弾け、無数に飛来した。
「よし、かましやがれ!」
林原の旋棍型デスペルタルに内蔵された銃が火を噴き、間近に迫った悪意の化身を次々と撃ち抜いてゆく。
「――ここに誓うは永久(とこしえ)の鎮魂
謳え、生きとし生ける者 眠れ、永遠(とわ)の刻と共に」
脳裏にある持ち主(ルシファー)の呪言を唱えて、魔王剣の真威を発動しながら、俺は距離を詰めにかかった。
「戦慄け、森羅万象 天地万物
其の存在を以て我が刃の飢えを満たすが良い!」
ある古の預言書によると、暁に煌めく明星の如き一人の王が“なかったことに”されたという。そう伝わっているが、その者が天にある金星のようであったと、誰が決めたのか?
それが――もし、逆だったのならば……?
かの星が明星と名付けられるより昔、その現身たる彼は既に存在していたとしたら?
その者こそ、太陽という絶対的存在(かみ)に背いた、輝ける星の意思が事象化したかのように孤高なる男。
――その名は、光を運ぶ者(ルシファー)。
「刮目せよ――“魂喰いの魔剣(グラディウス・レクイエム)”……!」
ここに解き放たれしは、世界(かみ)に復讐する刃。
ご都合主義でなかったことにされた者が振るう、存在(もの)をなかったことにするご都合主義の極み。かの者は、光をもたらすのではなく、奪う魔王となりて摂理を破壊する。
「あー! くそがァ……! 魔力すっからかんなんまで撃たせる気かァ!?」
「一撃、いや一触だ。一触でいい。一箇所でも斬ることができれば――――」
地表を舐めるようにして滑り、林原が迎撃しきれなかった斉射を往なしてゆくが、鞭の如くしなる新手に行く手を阻まれた。
(……躱しきれねーか……!?)
その刹那、突如として明滅する視界。
「うおお……まだまだァアアアアッ! 止まんな、クソガキィ!」
ひときわ派手に放出された彼の魔力弾によって、毒牙は霧散した。この隙に、すべてをかける……!
「よっしゃぁあああッ! こいつで……どうだーッ!」
黒灰の刀身に紫の燐光を纏わせ、さらなる猛攻をかいくぐって――――
「――“Ubi spiritus est cantus est(魂在る処、唄がある)” さあ、貴様の唄を聞かせろ……!」
悪魔による魂喰いの伝承が具現化された奥義。
いかに対象が屈強であろうと、巨大であろうと、形なす物、存在の濃さまでは堅牢にすることはできない。
故に――――
「……もう休め」
一触必滅。
その概念は、ここに否定される。
「んがッ……もう魔力がもたねェ! とっとと片つけやがれ!」
「安心しろ。もう終わってるよ」
カルタグラから禍々しい紫炎が消えたのが、何よりの証だ。
「ばっ……やりやがったのかァ!?」
林原が吃驚の叫びが、訪れたばかりの静寂を破った直後。
「……の、のぶ……お――――」
理性を取り戻したのか、呪詛の海から解放された三条が薄っすらと目を開き、そして――――
「「桜花……ッ!」」
彼女がふらつくや否や、俺とベルゼブブは我に返ったように、どちらともなく駆け出していた。
「もう……頭クラクラしてるんだからさわがないでよ。それにそろって名前なんかで呼ばれたら驚いちゃうじゃん。ただでさえ、戻って来られるかわからなかったのに、起きたそばからこんなの……驚いちゃうよ」
つい先ほどまで重圧に苦悶していた三条とは別人のように、半笑いで文句を言ってくる。
「どっかで思ってたくせに」
「……ばか…………」