† 十五の罪――見えない星(弌)
「嘘だろ……その姿――――」
予期した通りながら想定を超えた光景に、我が隻眼は見開かれ、その衝撃と威圧感に喉が震えていた。
「多聞さんッ!」
視界に飛び込んできたのは、見慣れた大男ではなく、無機質でありつつも禍々しい、機械(からくり)じみた巨体。しかし、それが紛れもない彼本人であり、俺を待っていたという事実(こと)は理解できた。
「こりゃ再会を喜べそうにもないねえ」
降り注ぐ雨の音にも似た、重苦しく冷たい響きを伴った声色で、立ちはだかる影は呟く。
「……なあ、どうしちゃったんだよ…………」
「見ての通りさ。刃向かった罰として、この身体にされ、こうして君との対決を強いられている」
「強いられて……?」
「おじさん、実はもう死んじゃってるんだよねー。敵対行動をとると、この姿かたちを維持してる術式が崩壊するよう細工しとくとは、彼も若くしてなかなか素敵な趣味をお持ちみたいだ」
雲の切れ間より月光に照らし出され、鈍色の全貌が不気味に輝いた。
「どうした……? 殺気がずいぶんと表に出ちゃってるよ?」
「……おかげで決心が固まりましたわ。まず、あいつらはなおさら許さねー。そして――どんな事情であれ、連中に与している以上、あんたもここで俺が倒す」
そう言い放つと、俺は魔力を四肢にたぎらせる。
(信雄、急くでない。あの者は、貴様には過ぎた相手だ。合流して報告を――――)
「忠告ありがとな。けどよ、三条(あいつ)には見せたくねーんだわ。それに、いずれ超えなきゃなんねー壁だ」
ルシファーの呼びかけを振り切るように、標的を見定めた。万能(バランス)タイプ同士、すでに互いの間合いに入っている。スタイルが近く、手の内を知り尽くしている師弟だけに、経験と地力の差が厚い壁となるのは必然だ。向こうの武器からスペックまで一新されたとあっては、なおのこと集中を欠いてはならない。
「君は腕こそ立つが問題児だったな。弟子を正すのが師の務め。手加減はしないよ」
生気が感じられない無表情のまま、彼は刀状と化した右腕に被さる拘束具を解除した。
「……もう妖屠はやめました。だから――一人の人間として、恩師を止めます! デスペルタル。起動――――」
こちらも柄に手をかける。
「魔王の得物も使わないとは、なめられたものだなあ。だが――」
一メートルはある凶刃がその全貌を現し、乾いた音と共に、鞘が放り捨てられた。
「ここで温存してるようじゃ、彼らのもとにはたどり着けないよ……!」
満月を背に、巨躯が跳躍する。
「否が応でも止めるさ。あんたも、連中も」
急降下を回避して俺は、逆に踏み込んで突きを繰り出した。
「君はいつもそうだったね。理想をかかげるだけの万年反抗期――」
「ああ、そうだ。罪なき人を殺さなきゃ再生できねー世界なんて、そんまま腐り落ちちまえ……!」
その重厚な外見に見合わず、衰え知らずの俊敏さで、攻撃のことごとくが往なされる。
「なんだ!? よけるだけかよ……?」
「わかってないねえ。一発ももらわないのがどういうことか。僕がその気になれば、いくらでも返せるってことだよ。この実力差でそれをやれば、君はかわせない」
彼の返答に応えるかのように、その刀身が生き物の如く脈動した。
† † † † † † †
「……こっ、この波動――多聞さん、なの……!?」
先頭を走っていた桜花は、前方の異変に立ち止まる。
「そんな……喜多村先生は――」
「いや、たしかに多聞まるのものじゃ。しかし、これは…………」
顔を見合わせていた一行だったが、誰からともなく、再び駆け出した。
「遂にこの時が来たか――怒りも、悲しみも、憎しみも、凡てが消える」
地上四百五十メートル。巨大電波塔の展望デッキより、じきに別れを告げる世界を見下ろし、象山紀章は囁く。
「彼には日本を再出発させて、世界を力でまとめ上げ、その先にあるべき未来を築くって声かけたんでしょー? 彼ごと消したら訴えられちゃうんじゃない?」