† 十五の罪――見えない星(弐)
「遂にこの時が来たか――怒りも、悲しみも、憎しみも、凡てが消える」
地上四百五十メートル。巨大電波塔の展望デッキより、じきに別れを告げる世界を見下ろし、象山紀章は囁く。
「彼には日本を再出発させて、世界を力でまとめ上げ、その先にあるべき未来を築くって声かけたんでしょー? 彼ごと消したら訴えられちゃうんじゃない?」
その隣で煙管を片手に、窓へ上体を預ける盟友。
「フン……この国の再出発も、世界を一つにするも、何ら偽っていないが。元より、人間に救いなど無い。いや、救いの手すら受け入れられない愚かな人間はもう消え去るべきだ。何れにせよ、八十億を助けるなどという夢物語ごと棄て、どこかで間引かねばならなかったまでのこと」
「変わらないね。その誰であろうと、切り捨てることに躊躇しないとこ……自分さえも犠牲に――キミはあの日も、そうだった」
そう吐露して、茅原が見遣る眼下の闇夜に、雨は降り続けた。
† † † † † † †
「死してなお、弟子の成長を直々に試せるとは心躍るが、戦いしかできない腕にしてくれと言った覚えはないんだけどねえ。まったく……これじゃ愛する者の手も握れなくなっちゃったじゃないか」
矢継ぎ早に浴びせる魔力弾が足止めにもなっていない。
「ま、この手もこれはこれで気に入ってんだけどさ……!」
多聞さんも返してきた。
「うぉおおおまだまだーッ!!」
撃ち合っても勝ち目はないので、空中へと退避する。
「……第二形態“解放(リベラーティオ)”――弓(アルクス)!」
彼が弓状に変化した左腕に右手を添えると、その先端より分裂してゆくようにして、棘が生成された。
無数の針として射出されたそれらは、追尾するように群がってくる。迎撃する隙など、みすみす与えてはくれないはずだ。
まとめて消すしかない――――
「くっそ……猛炎を以て終焉を与えん(エクスヘティオ)……!」
熱量が足りなければ、この盾に続いて俺も貫かれる。
「っぶねぇ……ッ!」
間一髪――いずれも直前で燃え尽きたようだ。
「あぶないのは、これからだよ! 第三形態“解放(リベラーティオ)”――鎌(ファルクス)!」
今度は双鎌と成した両腕を振りかざし、斬り込んでくる。
「この……ッ、次から次へと……!」
手の内だけではない。
もはや、このパワーは妖屠にしても規格外だ。まともに受けられる威力ではないので、後退する他ない。
離れれば、今度は飛び道具を喰らう。あらゆる距離において、あちらが優位だった。
「なあ、あんた自身はそれでいいのかよ。死んでからも弄ばれた挙句、利用されるだけの存在であり続ける――そういうの、あんたが最も嫌ってただろが。なんだよ……それも忘れちまったのかよ」
「話術でどうにかしようったってそうはいかないよ。死者には肉体(からだ)だけでなく、精神(こころ)もない。これは体術とともに復元された最低限の知性から、反射でしゃべってるに過ぎなくてね。歩んできた道も、想いも、とっくにわすれてしまったようだ」
彼の眼光は鋭いが、そこにあるのは圧力だけで、感情はまったく見当たらなかった。
それでも――――
「忘れてしまうかもしれない。それでも……それでも残っている、そんなことで左右されないような奥底に根ざしてるもの――それがきっと、本物のあんただ」
呼吸が苦しい。心臓が、肺が、息もつかせぬ攻防に、悲鳴を上げている。立っているだけでも精一杯だったが、多聞さんの猛攻に、止まることすら許されない。
ドクン――と、乱れた脈とは異なる鼓動が込み上げる。肉体が追い詰められるに従って、心は彼の力に縋ろうとする一方だ。
しかし、ここでルシファーを使うわけにはいかない。
何より――――