† はじまりの罪――常闇の渦中に(弌)
その日……俺は有限(いのち)を失った。と言っても、死んだわけではない――――
一日が終わりに近づくと共に、夕闇もまた、濃さを増してゆく。それに紛れ、いっそうの賑わいを見せる街に反し、その陰に潜み、暗部(かげ)を成す悪意。
文明の発達した日本社会ではあるが、解明できない事件は今なお多い。それもそのはず、これらを引き起こす存在は、ほとんどの人間には認識できないのだ。彼らは古より、人知れず災いを振りまいてきた。
そして――怪物が存在する限り、それを狩る者たちもまた、獲物を追い求めて直走る。
「……なんでぼくがきみの面倒なんか見なきゃいけないんだか」
喋り方はともかく、今この街にいるであろう同年代の少女たちと変わらない、気怠そうなため息混じりの呟き。
「しゃーねーだろ。ベテランは都心での任務に追われっぱ、若手はみんな死んじゃったし。ま、いくら人手が足りんからって、確かにこの組み合わせはちょっと頭を疑うわ。世界中の支部を探しても、こんな相性が悪い二人ってそうそう見つかんねーと思うぜ」
地下道を駆ける影は二つ。俺と隣の同僚・三条桜花は走りながら会話しているが、呼吸は乱れていない。
「出るよ、二十六位。きみはお上の采配にケチつける前に足引っ張らないようにしなさい」
地上に抜けた俺たちを、コンビニから漏れ出る懐メロが迎えた。
「十年代特集か。この曲、小学校の昼休みに流れてたわ」
「お昼の放送なんておぼえてないや……消費税が十パーセントのころは日本の学校いってたけど、サビしか知らないなあ。隊長――じゃなくて、多聞さんなんて、ゼロ年代の曲がかかった時になつかしがってた。こっちは生まれてるかも怪しいよ」
先ほどまでの会話の内容はともかく、街灯に晒されたこの二人はいたって一般的な少年少女に見えるはずだ。上からの指示で、物騒な恰好は控えている。
しかし、俺、緑川信雄は、どこにでもいるような普通の高校生――ではない。まあ元々こんなことになる前から、少なくとも自分自身ではそう思っていたのだが。十七歳の今でも、俺はこの程度じゃない、だとか、本当はもっとできる人間なんだ、なんて中学生のように夢想しながらではあるものの、大多数の高校生と同じように、繰り返される日常が脅かされることなど憂いもせずに、今日も夕暮れに染められた道を歩いているはずだった。
「キョロキョロしすぎて怪しい。多聞さんがいないからってビビってるの?」
十分に美少女の範疇へ含まれるが少しキツめの顔つきを、より険しくして彼女は言う。
「いや、なんつーかさ……こんな形とはいえ、いちお女の子?と二人きりで郊外へ出かけてるわけだし」
「デート気分とか、浮かれるのも大概にしなさい。てか今女の子、で語尾を上げたよね。疑問いだく余地ある?」
「女の子扱いされたいんだかされたくないんだか――――」
「……信雄、分かってるとは思うけど」
三条の声に、少し緊張が混じった。
「公私混同はしない、だろ? まあデートはプライベートで好きなだけどうぞ。もっとマシな男とね」
ダサくて気に入ってない名前を呼ばれ、声色を少し暗くして答える。
「そうじゃなくて――いや、それもそうなんだけど」
「……ああ。相変わらず鼻につく気配(におい)だ」