Episode.2-2 Zeuse-recolletion

「……」

ところ変わって『在るのかもしれない』場所。
あたりは真っ暗で、何か紫の煙のようなものが渦巻いている。
その禍々しい空間に『ひとつ』在った。

「……」

どう見ても人間の体付きをした『それ』は何も口にすることはない。どこを見ているのかわからない、虚ろで『空っぽの瞳』。口はなぜだか少し半開きになっている。肌はひどく、『ミルク以上に』真っ白だ。まるで生まれてから、一日たりとも日にあたったこと――外に出たこと――がありません、と言わんばかりだ。
姿としては『人間の少女』……15歳あたりだろうか、それくらいにしか見えない。それか、それよりも下、14歳か13歳に見えるくらいだろう。何も衣服はつけておらず、発達の乏しい少女の体つきが、肌の白さと周りの暗さでありありとわかってしまう。
その1人の少女が茫洋と佇んでいる時、『それ』は現れた。

「お目覚め如何かな?『死神』」

『それ』はまるで所謂人魂のようであった。ちかちかと色は変わり、少女に『話かけて』いる。
少女はそれに気づいたのか、虚ろな瞳をやる。しかしそれでも焦点は合っていなかった。
『それ』はぴかぴかと瞬いた。笑っているのだろう。

「まあ人の体に入りたてだからそんなものか。そりゃそうか。じゃあ『死神』、君にあえて『命令』しよう」

人魂はぼんやりと浮かんだまま、なおかつ『愉快でたまらない』というような声色を滲ませる。


「『ゼウス』を殺せ。ゼウスは敵だ。殺せ。殺すんだ。それが君への命令だよ、『タナトス』」


その言葉を聞き届けた瞬間、『暴走』は始まった。



―Episode2-2 Zeuse-recolletion



ゼウスは天界中を走り回っていた。それはもう鬼のような形相で。
普段からゼウスを知っている神々はその様子を見て、驚愕しかなかったという。
あのゼウスが、遊んでばかりいるようなゼウスが、あんなにも一つのことで走り回るなんて。
ゼウスが普段の調子なら軽口を叩いて終わりなのだろうが、今回はわけが違う。

「どいつもこいつも…!事の重要さをわかっちゃいねえ…!」

『神』を『人間の体』に降ろす。それは在る意味彼にとっては異常事態だ。
彼は全速力でありとあらゆる場所を駆け巡り、『タナトス計画』を食い止めるための方法を探した。もちろん己の神力を使って人界に降り、それらしきものがないか探しまわった。
だが、天界ではまるでおかしいものを見るかのように笑われたり、人界など知れている。
ゼウスはその都度、使い物にならないと大きくわざと、聞こえるようにいったりして、怒りをなんとか発散させていた。こういう時に神は使えないと思ったりもしたが、その前に自分自身も神であることを思い出し、やり場のない複雑な思いをどこに当てるでもなく押しとどめた。

「こうなったら…本当なら行きたくないんだけど、行くしかないのか…」

2つの世界でなにも手がかりを得られなかったゼウスは、3つ目の世界、『冥界』へと足を向けた。


「何者…っ失礼いたしました!本日はどのようなご用件でしょうか?」

冥界入り口。
目の前に立つと、冥界の門番が武器を構えようとするが、その相手がゼウスだとわかると、すぐさま攻撃態勢を解き、畏まった。ゼウスはそんな門番に「ハデスと会わせてほしい」と一言だけ伝えると、門番はすぐさま報告をしに行った。すると報告をしに行った門番の代わりに、また新たな門番が門の前に立つ。

「久しぶりだな…こんなところには、なるべく来たくなかったんだけど」

ため息混じりに誰にも聞かれないようにゼウスはつぶやく。
その言葉の理由としては、彼いわく『顔も合わせたくない奴がいるから』とのことだ。それが誰なのかわかるのは、本人以外には他にはいない。それだけ知られたくない相手なのかは彼のみぞ知る。
さてしばらくすると、例の門番が帰ってくるなり、ゼウスを別の道から通した。

「ハデス様は現在ひまじ…いえ、お仕事がないので、混みいった話もできる状況です」
「今暇人って言いかけたね」
「言ってません、言ってませんから」
「で、仕事がないってのは」
「部下に丸投げですね」
「やっぱりな」

そうこうしてるうちにハデスの宮殿へとたどり着いた。
門番は宮殿の前でゼウスを見送ると、小走りで元の道を帰っていった。

「さて…なにか知ってるといいけど」

ゼウスは期待と諦め半分ずつ、ハデスがいる広間へと歩き始めた。


「……で、いきなり来たかと思えばなんの用?」

そう、高圧的にゼウスに口を開いたのは、少し気の強そうな少女。
ピンクのふさふさした髪の毛をツインテールにまとめて、いかにもなゴシックロリータ。ゼウスを相手にするときの態度は、まるで血を分けた兄妹のそれではない。見た目は20代前半の女性、といったところだろう。彼女はゼウスに目もくれずに、ひたすらにクリームたっぷりのケーキを頬張った。
そんな彼女こそが、この冥界の神、『ハデス』である。
ゼウスはそのハデスの態度に少し苦笑しながらもすぐに表情を真顔に戻し、話題を切り出した。

「天界で人間の数を減らすための結論が出たのは、知ってるだろ」
「知ってるも何も、もう流れてきてるっつの」
「その方法がなんなのかは、知ってるか?」
「それも知ってる。死神を降ろすんでしょ」
「その後のことは?」
「知らないわよ、何がいいたいの?」
「『ただし実体はないので人間の体を依代とする』」

その言葉にハデスはピシリと固まった。

「……ちょ、ちょっと待ちなさいよ。何?体って、死んだ人間の体を使うの?」
「そのほうが効率がいいんだとさ。死んだ人間なら生きた人間よりも処理が楽だからって」
「死体の年齢は…?」
「……『15』」

ハデスは今度こそ、今まで座っていた椅子を思いっきり蹴った。

「何考えてんのよ天界!!死神を人間の体に降ろしたら何が起こるのか知ってるの!?」
「大方、『その影響で人界もろとも滅ぼす』つもりなんだろうよ、大天使とか俺以外の神の連中は」
「それに15の体って…!!未成年の体じゃない!!」
「何かと『都合がいい』んだろうなあ…」

しかしそういいつつも、ゼウスはなにか引っかかりを憶えていた。
天界の連中が決めたにしてはあまりにもらしくないところがあるし、そもそも『死神』なのであれば『タナトス』以外であってもいいはずだ。それになぜ10代半ば…しかも15歳と来た。そんな体を選んだのか。
なぜここまで15歳が騒がれているのか。それは依代にしてもいい年齢からなる。
本来神は依代にする体の年齢の最低ラインが15。しかしその最低ラインもあてにはならない。理由としてはその最低ラインの体を依代とした神々は、大抵国を一個滅ぼしているか、最悪の場合世界まるごとひとつ滅ぼしてしている。だからそれ以降15の人間はなるべく依代として選ばないように、と、言われてきたはずだったのだが…
それがなぜ今、そうなろうとしているのか。少なくとも神々は避けるはずではないか?それがたとえ、大天使たちであろうとも―――
そう深く考え込んでいた時だった。
突然重い扉が、何かの馬鹿力なのか思いっきり開かれた。
ゼウスの思考もそこで途切れ、そちらの方に顔を向ける。

「ハデス様!!緊急事態です!!」
「何?どうかしたの?」
「『身元不明』の『何者』かが、『封印されし世界(大鎌)』を持ち出し、その力を出しきらんばかりに破壊し尽くしています!!力が強すぎて、近づくことは愚か、観測も不能になりつつあります!!」
「はぁ!?それ以外に情報は!?」
「遠方からの観測で、正確ではありませんが……どうにも『人間のような姿』をしておりました」
「!!」

その言葉を聞くやいなや、ゼウスは後ろから聞こえたハデスの制止など聞こえないふりをして飛び出した。


「(くそっ、手遅れだったか!)」

ゼウスは全速力で走りながら舌打ちをした。
己の行動の遅さに反吐が出る。最初から、ここに来ていれば止められたかもしれないのに。
だからこそ、ゼウスは『その存在』を必死に探した。

「どこだ!どこにいる!!」

そう叫んだ時、ゼウスは不意に背後に気配を感じた。

「ッ!!」

普段閉じている『右目』を、本人も気づかないうちに開いてその気配に攻撃する。
しかしその攻撃はいとも容易く弾かれてしまった。

「……ゼウス、敵、殺す」
「何を……うわっ!?」

攻撃を弾いた『それ』は、機械のように途切れ途切れでつぶやくと、ゼウスに大鎌を振り下ろした。それをゼウスは寸でのところでどうにかかわす。少し後ろに下がり、ゼウスはそれを見据えた。
その姿を見ると、ゼウスは驚愕した。
その相手が

『15歳位の少女が、包帯を巻いただけの姿』だったからだ。

「おいおいおいおい…」

ゼウスはため息をついた。いくら死神が降りたとはいえ、この姿で暴れ回るのはいささか、よろしくないように思えてきたからだ。しかしそんな考えもすぐに霧散した。

「死ね」

少女は構わずゼウスに武器を振るう。
その武器―――『封印されし世界(大鎌)』は、本来ならばその強力すぎる力と世界に及ぼす影響力の大きさゆえ、はるか昔に神々によって冥界の奥の奥に封印された忌まわしき武器である。鎌の刃のある部分に大きく見開かれた眼球、柄の部分はどす黒く染まっていて、禍々しい気を放っている。
この武器に見初められたものは、強大な力や世界を見通す目を手に入れるが、その代わりとして一切の自我を失う。まるでそれは、武器が『本体』であるかのように振る舞うのだ。唯一残っているのは『思考』だけらしい。だから少女は目の前にいるゼウスを『命令された抹消すべき敵』だと『判断』し、それ以外のことは武器が自ら動いて攻撃している。『考え、思う』ことしかできなくなっているのだ。しかも人間の体に今、神が降りている。それも合わさって最悪の状況に陥ろうとしているのだ。例えば―――『すべての世界が滅ぶ』だとか、『その者の存在自体がなかったことになる』だとか。

「(まずい…ッ!)」

ゼウスは舌打ちを一つこぼし、戦闘時にしか開かない右目を開き、少女に攻撃する。
少女はその攻撃をいとも容易く弾いて、ゼウスに大鎌を振るった。
その大鎌の切っ先はゼウスの髪の毛をシャッと削り取り、地面に突き刺さる。

「今だ!!」

その隙にゼウスは少女に魔力を込めた弾を当てる。
ズドオン、という重い音がしたかと思うと少女はその魔弾があたった横っ腹を手で覆うようにおさえた。
そこへすかさずゼウスは少女の目の前に手をかざし、一時的に気絶させようとした。気絶させてから後処理をしたほうが楽だから、というのもあるが、まずは彼女の行動を止めるためだった。
しかしゼウスは少女を真正面から見て、違う意味で『落ちた』。

「………」

ゼィゼィと苦しそうに息をあげ、唇は震え、目は虚ろでゼウスを見ているのだろうが焦点は全く合っていない。
もともと白いのであろう肌は、それ以上に白くなっていて不気味なくらい光っており、カタカタと震えている。
そして…これがいけなかった。よくよく見ると可愛らしかった。

「(予定変更、俺の嫁さんにする)」

ゼウスは魔法でバシッと少女を眠りにつかせ、その少女を小脇に抱えたかと思うと空間転移して天界へと戻ってしまった。
封印されし世界はその後、ハデスによって何重にも封印を施され更に奥の奥に閉じ込められたのだが、何故かいつの間にやら忽然と姿を消していたのは、誰も知らない。


「さてと。まずは慣らさないといけないよなあ…」

自分の部屋に戻ったゼウスは、少女をベッドへと寝かせ、うろうろと部屋を歩き回っていた。
あれだけ力を振り回し、しまいには仕方がないと言われればそこまでだが、強制的に眠らされているのだ。体や中に入っている『死神』もかなりの負荷がかかっている。そんな状況下で魔法を解いて無理やりおこしても、本人が一番辛いだろう。しかも身にまとっているのは包帯だけである。それもところどころほつれていては、在る意味気まずい。確かに神は、人間の書いた絵画などではなにも衣服をまとっていないが、さすがにそこは普通の人間と合わせたほうがいいのではないかという意見により、多少なりとも衣服は着用している。ちなみにそれを言い出したのは大天使ガブリエルだ。

「服は天使たちに用意させたからいいけど…どう説明してどう落とすか…それに、まだ体に入りたてみたいだからケアもしなくちゃならんだろうし…うーん」

ゼウスはしきりに悩んだ。悩んで悩んで悩みまくった結果、まずは睡眠魔法を解いてから、という結論に至った。
その前には服を着させないと行けないのだが。

「可愛い服を頼んだからきっと喜んでくれるよね!」

ゼウスは天使たちが可愛らしい服を持ってくるのを、今か今かとそわそわしながら待ち、あどけない寝顔を浮かべる少女の頭をそっとなでた。


その時のゼウスの顔は、とても幸せそうだった。


「あーあ、失敗しちゃったか」

真っ暗の、禍々しい空間に、人魂はまるでため息をついたようにゆらゆら揺れる。

「まあいいや。計画1は失敗しちゃったけど、こっちにはまだまだ手が在るんだから…」

ぼうっと人魂は消える。


「せいぜい『その時』までお幸せにね…ゼウス」


End.

サニ。
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サニ。

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