#0e『もう一度アージェンタイトで』伍
「おおおおおおああああああアっ!!」
激痛と闘志で、アルマンが吼えた。軽量サブマシンガンの銃声は続き、アルマンの鎧に亀裂を刻み続け、その衝撃を体内に伝えたが、貫くことだけは適わない。
ようやくヘルメットのバイザーが砕けたとき、アルマンの体が黒ずくめの間近へ落ちてきた。覆い被さるようにぶつかり、隻腕ゆえにしがみつくこともできぬまま、倒れながらたった一発。
その一発が黒いコートに穴を開け、それを着る者の脇腹を貫いた。
ビチャッ、という音で飛沫(しぶき)が散って、アルマンのボロボロの鎧にかかった。熱い。アルマンはそれを屍灰の熱と信じて疑わなかったが、バイザーの隙間から目に入ったのは血の滴だった。思わず片目を閉じながら、その感触―痛みと熱に、全身がしびれて動けなくなる。
(ぐっ、なんだこいつは…屍灰じゃねえ、なんで血なんかが…それにこの臭い)
目の前の黒ずくめは、脇腹からますます血を流しながらよろめいた。灰なんて一粒も出てこない。レオンの特注弾には劣るものの、制式純度の銀の弾芯弾殻が確かに胴体へ穴を開けたのに、どうして灰化しない? 貴族の中には銀への耐性を備えるものがいるというが、この殺人鬼はそれなのか? 自分は貴族と戦っていたのか? 都市伝説同然の怪物と?
血が入らなかった右の赤い目で、アルマンは黒ずくめをなんとか見上げた。片腹から血を流すだけなら無傷のようなものだろうに、そいつは何故か銃創を押さえて、傷が癒える様子もなく、後ずさり、アルマンから離れていく。視線が合った。やはり両目とも黒い。
そして後ずさっていく方角では、地平線が―いや、都市の外壁が白く光り始めていた。
朝だ。日が昇ったのだ。ヴァンパイアが活動できない時間帯。しかし前任の部隊が遺した情報通り、黒ずくめは仄かな逆光で輪郭を白く染めながら依然、歩き続ける。歩いてゆく。
その動きに合わせて、地面の上を身じろぎする何かがあった。信じがたいが、奴の影だ。鏡に姿を映すどころか、奴は太陽光を浴びて影をつくるらしい。
平民離れした速さと身のこなしをみせ、大量の銀の得物で武装し、鏡に姿を映す術をもつ。都市の外でも昼間(デッド・タイム)に力を失わず、直射日光を受けても無事で、それどころか浴びながら影を出すことができ、目は黒く、銀に貫かれても灰にならず血を吐くだけ。
そんなヴァンパイアの話、聞いたこともない。
銃に弾は残っていた。しかし、アルマンは体が震えるばかりで自由にならず、銃を傾けることすらできなかった。朝になったからではない。傷を負いすぎたからでもない。力が抜けるのではなく、逆に全身が強(こわ)張(ば)る感じなのだ。
特に、血を浴びた箇所が熱い。引っ込んでいたはずの血の昂ぶりがまた体から溢れ始めて、まるで防護服に付いたあの黒ずくめの血を舐めるように―この血も変だ。本体から離れたくせに灰にならず気化もせず、主に戻ろうともせず、なんでこびり付いている?
目の奥も熱い。焼けるように痛い。
日差しがついにアルマンに届いた。熱い。と同時に、全身の力が抜かれていく。なのに例の感覚は、降り注ぐ死の光の中わざわざ増長して、鎧や地面の血を舐め回しながら全身を包み始める。蛇のように踊り、炎のようにうねって、死んでいく以上の勢いで活性化していく。
この血はなんだ。奴は何者だ。体が死んでいく。魂は死と再生を同時に味わっている。
「ぅぅぅぅぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああっ!!!」
日没まで、あと一一時間と四〇分。
―― episode zero『もう一度アージェンタイトで』――
遠い遠い昔、とても恐ろしい魔王が居て、この世の滅びを食い止めた。
けれど彼はあらゆるものを憎んでいたし、病は既に世界そのものを変貌させた後だったので、
途方もない代償を支払ってなお、世界を救うことは敵(かな)わなかった。
かつての通りの、本来在るべき命の人々は地上から姿を消し、
命という言葉の意味すら変わってしまった新たな世界で、
「生き」残った人々と
「生み」出された新たなヒトたちは、大きな棺に閉じこもり、人生のような夢をみる。
いつでも外に出られる癖に、私たちのほとんどは、地平線も星空も見たことが無い。
かつての通りの空と光が、死の意味だけは変わらず教えてくれるから。
これはきっと、そんな世界の物語。
神(カミ) ヒ ト 血(ケッ) 鬼(キ) - humanISM of Lestat -
読了、誠にありがとうございました!
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MiRACREAにも全編載せるべき! という声があればその通りに致します。