第0話「プロローグ」
ブーブーブーブーブーブー
けたたましいブザー音と視界を鈍らせる赤く点滅するパトランプは部屋中を赤く照らしていた。
「・・・・・・」
部屋の中心に立つ1人の少年はゆっくりと辺りを見渡すと正面には乱雑に積まれた大漁の段ボールが見えた。
「・・・・・・」
少年はゆっくりと段ボールの山に近づくとそこには人一人が屈めば通れる程の小さな穴が存在した。
「・・・・・・」
少年は沈黙を破らずに穴の中へと進んだ。
歩く度に肩にダンボールがぶつかったが特に崩れることもなかった。
どうやら強く固定されているようだった。
暫く進むと広い空間に出た。
そこは奥行きのある部屋で目の前は闇に覆われ、床も1本の細い足場があるだけで回りは真っ暗だった。
「・・・・・・」
ゆっくりと恐れることもなく少年はただ黙々と歩き続けた。進むにつれて道幅が少しずつ狭くなっていくのがわかったが気にすること無く進み続けた。
どれだけ歩いたのだろうか、やっとのことで細い道を歩き終えると目の前にはなんの変哲もないドアが現れた。
少年は気にすること無くドアノブに手を掛けた。ゆっくりと開く部屋から光が漏れ出し少年は思わず目を細めた。
光りに目が慣れると部屋の中が見渡せた。そこはさっきまでの部屋とはまったく違い明るくお洒落な部屋だった。
「すみれ、お客さんが来たようだよ、迎え居れておくれ」
「はーい」
部屋の奥から2人の声が聞こえた。1人は老人、もう1人は女の子のようだ。
目の前に現れたのは女の子だった。女の子は少年を見るなり笑った。
「ようこそ!」
訳もわからないまま女の子は少年の手を引き、その部屋へと誘い入れた。
目の前にはいつもの天井が見えた。
「……」
またあの夢、この前までは見ることはあまり無かったが最近になって頻繁に見るようになった不思議な夢、初めて見たのはいつ頃だろうか……。
初めて見た時は特に気にすることもなかったが毎日のように見るようになって徐々にただの夢だと思わなくなっていた。
ドアを開けると迎えてくれる女の子、奥から聞こえる老人の声、どちらも知っていた。
「加奈ちゃん……」
加奈ちゃんという女の子は昔よく遊んでいた幼馴染、老人の声は俺と加奈ちゃんが中学校に入学する前に亡くなった加奈ちゃんのおじいちゃんだ。
加奈ちゃんは中学3年の頃に苛めにあっていた。それを俺は知っていたにも関わらず知らないふりをした。
助けたところで苛めは無くならない、それどころか俺にまで苛めが広がるんじゃないか、そう思うと勇気が出なかった。
そんなことを考えていたある日の事、加奈ちゃんは授業中突然立ち上がり教室の窓の方へと向かい外を眺めていた。そして俺の方に振り向くと小さく微笑んだ。次の瞬間加奈ちゃんは窓枠に片足を掛けそのまま躊躇無く飛び降りた。
それは突然の事で光景を目の当りにした生徒は悲鳴を上げるものや口を開き体を震わせながら沈黙する生徒もいた。
その時の俺は頭が真っ白になっていた。俺が助けてあげなかったから加奈ちゃんが自殺した。ずっとその言葉が頭の中を駆け巡った。
何人かは窓下を見る生徒がいたが俺は見ることが出来なかった。加奈ちゃんの姿を見るのが恐かった。
「おい修、大丈夫か!?」
担任の先生が俺に声を掛けているのに気付くと虚ろになっている目を先生に視線を合わせた。
どうやら俺はずっと泣きながら体を強張らせブルブルと震えさせながら何度も「ごめん」と謝っていたようだ。
先生は俺を慣れたように落ち着かせていると外からサイレンの音が聞こえてきた。どうやら誰かが電話をしたらしい、救急車が外のグラウンドに止まりバックドアが開くと二人の男が降りて加奈ちゃんを応急処置すると救急車に乗せて搬送した。
俺は只々加奈ちゃんの無事を祈ることしか出来なかった。そしてちゃんと謝りたかった。
暫くして一台のパトカーが教師用に駐車場に停車した。ドアが開き刑事が2人車から降りた。20代の若い刑事と年配の刑事が学校の中へと入っていった。
一部の生徒が校長室に呼ばれその中には俺もいた。
「こんな時に来てもらって申し訳ありません」
年配の刑事が申し訳なさそうに言うとチラッと警察手帳を俺たちに見せた。
苛めの事はすぐに知られたようだ。生徒に事情聴取をしたようで全員がここにいる生徒達が苛めをしていたことを告白したようだ。
俺は加奈ちゃんと幼馴染ということで呼ばれた。
まだ未成年ということで名前の公表などはないようだが問題を起こした生徒一人ひとりに保護監察官が付くようだ。
次の日の学校の朝礼で加奈ちゃんが一命を取り留めた事を知った。それと同時にこの学校から転校することを告げられた。
クラスのみんながヒソヒソと噂をしている中、俺は安心と同時にショックを覚えた。
俺は謝りたかった。それで許してもらえるなんて思わないがそれでも謝りたかった。
朝礼が終わり俺は先生に駆け寄って加奈ちゃんが入院している場所を聞いたが先生も知らないようだったがどこか設備の整った遠くの病院に入院しているのではないかとの事だった。
学校が終わり家路に急ぐと加奈ちゃんの家の引っ越し作業が行われていた。
そこに加奈ちゃんの両親の姿は無く、業者の人達がせっせと荷物をトラックに積んでいた。
「そんな、謝ることもできないでお別れなんて……」
加奈ちゃんの家の前で泣いていると玄関のドアが開き見覚えのある人が現れた。その人は加奈ちゃんのおじさんで昔はよく加奈ちゃんとおじさんの3人で一緒に出掛けたりしていた。
「おや、修君久しぶりだね」
おじさんは俺に気づき話しかけてくると俺は小さくお辞儀をした。
「なんか大変なことになっちゃったね……」
「加奈ちゃんはどこに入院しているんですか!?」
唐突の質問におじさんは戸惑ったがすぐに答えてくれた。
「ごめんね、姉さん達が誰にも所在を言わないでくれって言われてるから」
ポンッと俺の頭に手を置き撫でられた。どうしても知りたい、でもどうしたらいいんだ。俺は悩んでいた。
「……場所は教えられないけど代わりにこれを君に持っていて欲しいんだ」
そういっておじさんはズボンのポケットからペンダントを取り出して俺の差し出した手に置いた。
「これ、加奈ちゃんが大切にしていた指輪のペンダント……」
それは加奈ちゃんが親に買ってもらった宝物のペンダントだった。
「加奈はきっと良くなるから、そしたら加奈と2人で会いに行くよ」
俺は受け取ったペンダントを強くと握りしめると俯いていた顔を上げた。
「わかりました」
その時の俺はどんな表情をしていたのだろうか、さっきまでの悔やんでいた表情でないのは確かだった。