考察
――ここに引用したのは2000年前の第一回の魔族と人間の戦い直後の貴重な記録としてわずかに残るものだが、ここに見られる内容にこそ、昨今の魔族の強力さ、異様さと、一体なぜ古代の人たちがその貧弱な装備と魔力で魔族たちと渡り合えるに至ったかという理由が述べられている気がする。
古代の人たちの装備は実に貧弱なものであった。今ヴァルアの博物館に収められている勇者一行の、魔王ルエを倒したと言われる武具にしても現代の水準からして極めて粗悪で強度の低い金属、露出の高い装具のありようであったからだ。
ここに挙げた記録が確かなら、この老魔族の言う通り、我ら人類の高度に発達し、複雑化した生産、生活、国家と精神様式とそれに対応して深まってきた感情のありようの変化が今の魔族の強力さを作り出していると言える。実際、はっきり記録が残る、1600年前の、第二次魔族大戦の時の戦いから魔族、妖魔、魑魅魍魎の類はどんどんと変化、進化しており、それは我ら人間が相変わらず貧弱な体に二本の腕しか持たず、知恵を振り絞って武器と魔法を進歩させていって、ようやく釣り合うほどのものだったのだ。体全体の皮膚が極度に硬質化し、表面に無数のイボのごとき突起を有したトロールにしてもその存在が確認されたのはせいぜい50年ほど前からの事である。その発見の当初はちらほらと見られる程度だったこの新種は今や大量に跋扈し、群れをなしてあちこちの城や街を脅かすに至っている。大砲が作り出されたのは数百年ほどの前の事だが、第一次~三次までの大戦なら難なく魔族を撃退しえたであろう、この人類の叡智といえる強力な兵器をもってしても、今の魔族の侵攻を城で食い止めるのに用いて精一杯というところなのだ。
今平和を説き、敵対する王国の人間同士の相互和解、人間と魔族との宥和を目指す‘白の一派’と呼ばれる人たちがいるが、強硬主戦論者から理想論としてあしらわれる彼らの存在が、この緊迫した情勢に於いて、新たな光明を灯すかもしれないのである。