尚且つ市民一人一人に装着が義務付けられたヘッドギアは、一種昆虫が持つ複眼の如き構造を持った視覚網でも在る。ヘッドギアは装着者本人の内外両面で、自然と監視カメラの役割をも果たしているのだ。何気ない日常生活も個人の動向は主観映像として記録される上、視界に入る外界の事象もその侭全て自動保存が為されて行く。故に現代に於ける電脳社会の機構には、個々が相互に監視し合っている様な側面も自然と備わっていた。
最後に想定される線は地下……。地下鉄は路線が多岐に渡り発達しているが、地上から降りる事はそれ以上逃げ場の無い閉塞を意味する。論を待つ迄も無く地下鉄は最も可能性の希薄な逃走手段だ……。
…………。
(否、待て。確かに公的交通機関を利用する事は、現在のエスに取っては不可能に近い。中でも地下鉄は逃走手段として最も不都合だ―。が、しかし、元々奴が公的な交通機関や公的な行路を選択するだろうか? そもそも公的機関に警備の要点を置いたとしても、発見出来る筈が無かったのでは……?
監視や捜索の目が行き届かない場所はまだ幾つか数え上げられる。地下鉄は最も低次の警戒区域と関係者達は断じているが、例えば『地下下水処理場』ならどうだろうか……!?)
ロイトフはヘッドギア画面上からネット接続を図り、政府要人だけが集結する極秘サイトへとアクセスする。
トップページは極秘サイトで在る性質上か、一面黒塗りで主張の無い、地味で簡潔なデザインだ。訪問者を出迎える看板には、重厚なロゴデザインで<クラブ・ユング>とだけ記されていた。
ロイトフは勝手知ったる様子で手際良くページ内のコンテンツを操作し、早急に各様の要人へ伝令を掛ける。
「至急捜索隊を召集し、本部指定区域から機動開始せよ。具体的現場は……」
*
警察官のヘッドギアには、仕様として数種類以上の特殊機能が内臓されている。防犯機能として『集音』、『遠隔視』、『赤外線透視』、『異臭探知』等の能力が付与されているのだが、特殊機関仕様のヘッドギアは目下捜索中のエスへ対して徐々にその効果を発揮し始めていた……。
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