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ソファに寝そべったまま、灰島伽那は鼻で笑った。テレビに映るお笑い芸人の発言が純粋に面白かったからなのだが、外目にはその感情の上澄み程度しか表れていなかった。小さく楽しげに笑うことができず、すぐに鼻で笑ってしまうのは伽那の悪い癖だった。
「お父さん、もうすぐ着くって」
巡ってきた笑いどころなど見向きもせずに、母が携帯をチェックしながら落ち着きのない声で言った。それもこれも、未だに帰らぬ兄のせいだった。
「あーあ、怒られるね」
朝に約束していったはずの連絡も、まだなかった。一番上の兄のことがあるから、灰島家には「なるべく家族に心配をかけない」「遅くなるならなるで連絡を入れる」という決まりがあった。それを今日、兄は破ったのだ。
「新だから大丈夫だとは思うんだけど……」
ダイニングの母は、リビングの伽那へというよりは、自分自身にそう言い聞かせた。
両親や、兄にとっての灰島馨[ハイジマカオル]の存在は、伽那の幼すぎる記憶の影に比べても、ずっと大きいはずだった。いつも連絡がないからではなく、いつもは連絡があるからこそ、母は心配しているのである。
「どうせ相合傘で両手ふさがってるんでしょ」
テレビ番組が一区切りついたので、伽那は適当なフォローをしつつトイレに向かった。本来ならそろそろ寝てもいい時間だったが、父とケーキと、ついでに兄の帰宅を待つため、もう少し起きているつもりだった。廊下に出ると、外から車のエンジン音が聞こえた。噂をすれば、だ。
結局お父さんが先に帰ってきちゃったじゃん。あのアホは一体どこで何をしてんだよ。
しばらくして再び廊下に出ると、今度は声が聞こえた。父が玄関前で電話をしているらしかった。
リビング。母も気付いたのか、父の遅い夕食の支度を始めていて、座して観る者のないテレビは、大きめの画面をただ無為に光らせていた。母がチャンネルを変えたか、次の番組が始まったかしたようで、今は雨合羽を着た人物がやや興奮気味に現況を伝えていた。
(――しい情報が入ってきました。ただ今、新しい情報が入ってきました。警察によりますと、犯人と思われる人物は今現在も、屋敷の中にいる、留まっている状態だということです。今現在も、犯人と思われる人物は屋敷に留まっている状態だということです。また、我々、容疑者の声や姿は確認できていないんですが、先ほど、警官隊が到着し、敷地内に入っていくのが確認できました。その後屋敷を包囲しまして、突入に備えているものと思われます。えー、こちらの現場、今は非常に張り詰めた空気が――)