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眼前の影がなにか言った。男の指は愛撫するように絡みついてきた。その親指の腹が動くたび、喉の奥がククッと音をたてた。
差し出されたパッションアサリジュースを飲んでから、部屋が鮮やかに吸われて見えた。立っていられず椅子に座ってからも、壁紙の向こうにステンドグラスが吸われ続けていた。喉が哭いた。
「死んだらでも怖い怖いね?」
首を絞められている。眼球の裏で心臓が膨らんでいた。視界が落ちていく。
「死んだらでも怖い怖いね?」
指は緩んだ。心臓が下がっていった。椅子の下の水たまりからヤドリギの枝が伸びて、アケビの蔓と交わり大木になってゆくのをただ応援することしかできなかった。
「死んだらでも怖い怖いね?」
幹が天井を突き抜け分かれ、四方八方に遊び出した。四方八方の先端に背徳の果実をつける頃には、二度目の心臓が下がっていった。
「死んだらでも怖い怖いね?」
誰かがドアの隙間から見ている。薬局にいるカエルの目をしている。
そこら中に熟れ落ちたアケビから数十数百の蔓が立ち、一様に天井を突き抜けていった。四方八方に遊び出す頃には、三度目の心臓が下がっていかなかった。
「死んだらでも怖い怖いね?」
下がっていかない。なんでなの。死んだらやだよう。でも暗いんだから。痛苦しいって怖い怖いね?怖い怖いね?い、や、だ!
「◎◆※○▼□!!」
絶叫し、植物と共に消えた影のかわりに、何者かが立っていた。見覚えのある服を着ているが、顔が思い出せない。
そういえばこの部屋には夕陽が差していて、この部屋は家の2階じゃないか。部外者がふたりも入ってくるんじゃないよ。
ボヒュ。出し抜けに聞こえた。喉仏のところに穴が空いてしまっていた。声が出せない。いや、手足も動かなければ、頭も背もたれを境にくの字に折れ曲がって、泡混じりの唾液が耳元を流れている。
「おまえはまだ死んじゃいない。そうだ。手にとれ。さあ」
感覚を失った右手が、冷たい熱を確かに掴んだ。
「始めよう」