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新たな執行官がやってきた。楽しみだなあ。
足立慎二[アダチシンジ]は、倒れ伏したヤツダと接近するショウジの足音を合図に房へ戻り、ドアノブをきつく握りながら声を殺して笑った。どうやら隣の空部屋に入ったようである。
どんな奴だろう。声を聞いた感じでは若かったぞ。ヤツダみたいな三十路間近のオッサンはもういいよ、ほんと。飽きたから。
足立はその場からしばらく動かずに様々な妄想をめぐらせたあと、高揚する心身そのままに夕飯の残りの冷飯を食缶からかき込んだ。缶詰のひとつくらい残しておけば良かったかな。まあいいや。
逸(はや)る気分をようやっと抑えつけること数十分。実際には数分やもしれないが、もういいだろう。我慢ならない。ああ。天におわします神よ。この罪深き私を、そう、この罪深き私を。ああ。
「天におわします神よ。この罪深き私をお赦し下さい。どうか、お赦し下さい。ジ・アーメン……」
数多の罪人が体液を落とした畳を舐めると、やわらかな苦味が走り、その棘が舌をちくりと刺した。そうか。これが罰だというのなら、私は甘んじて受け入れましょう。神さま仏さま悪魔さま。
共用廊下と階段を忍び足で行くと、眼前には自身の影を映した死体があった。今はもう、ヤツダでも、屍体でもなく、命の蒸発した死体、見目麗しい肉の塊である。足先から肩にかけて、足立は感触を確かめるようにそっと撫で、地面に多少埋まって見える頭の、銃創ができた頭頂側にしゃがみ込んだ。
「かわいそうに」
顔がこっちを向いていないので、向くように顎を思い切り手前に引いた。鼻や口から血とも脳ともとれない何かが流出していたが、それでもいくらかマシになった。
なんて、なんて儚いのだろう。ちょっと前まで生きていた人間に、こんな小さな穴が開いただけですぐこうなる。嘘偽りのない心神耗弱(しんしんこうじゃく)男が訳も分からず山奥へ連れて来られて、19歳の兄ちゃんに出会ったと思ったら、その兄ちゃんに殺されるかショウジに殺されるかを選ばされて。こんなに汚れて。かわいそうに……。
足立はいてもたってもいられず、立ち上がって紐の抜かれたスウェットをおろし下半身を露出した。火照(ほて)った素肌に夜風が心地よい。
ならば。足立は放尿した。その放物線は風と光を受けて輝き、足許(あしもと)の汚れた顔面をさらさらと洗い流した。おお、そうだ、世界は支配するかされるかなのだ。俺は絶対にあっち側の人間になってやる。あの、拳銃の執行官のような。
身震いしてから、足立は気付いた。銃創にもっと注いでやれば、内側も浄化できたのではないか。しくったなあ。しくった。もう、くそ。
ならば。ならばだ——。
ややあって、足立が房の扉を閉じる頃、照明に半分照らされた土の上には、股間に鉄筋棒を突き刺された体と、銃創に精液を溜めた頭だけが残された。そして、我に返って足立は思った。俺はなんて汚く、醜いんだ。「少年A」、そんな大層なものじゃない。蛞蝓(なめくじ)以下だ。嘆きの存在だ。神様にも、こんなんじゃ赦してもらえる訳がない。次の執行官には、優しくしよう。