10-3
爽は注意深く、操作を始める。あの人の言葉を思い出しながら。
――作戦(ミッション)において重要なのは、戦略と指示命令形等による統率。立案者の「こう思う」はどうでもいい。どう伝えるか、どう伝わるか。どう動いているか。揺るぎない予測、迅速な情報収集と取捨選択、迷いない指示と評価のプロセス。流動的な状況への即時対応。水のようにあるべし。風のようにあるべし。その覚悟、爽君はもてる?
物言いは柔らかだが、その目は厳しくて。さすがは元実験室所属といったところか。
とまで思って、思考を切り替える。
今回の事は、またあの人に怒られるだろう、と思う。
――戦略と戦術を勘違いしないこと。どう戦うかじゃない。どう戦場を動かすか。場当たりな対応なんて意味がない。空気を支配してこそ、頭脳労働者は評価される。その点、わかってる、爽君?
分かってる……つもりではいるのだが、どうもひなたが絡むと、爽は後手後手に回る気がする。本来であれば、ひなたに判断させるべき場ではない。
自分だ。自分が、情報を誘導しひなたを守らなくてはいけない立場だ。
何より、ひなたは【実験室】のもたらす【現実】を知らなすぎる。
このご時世に、ひなたは単純に「子どもたちを守りたいから」と言う。それは暴走なく力を使えた事への安心感もあるのかもしれない。ゆかりを助けられた事への安堵も、当然ある。
だからこそ爽は思う。
(ひなたは、自信を得たんだろうな。でも安易な自信は危険だ――)
実験室と対峙する事は、日本政府の政策に反する事に他ならない。今後どうするかの結論は、爽自身にも言える。自分は戦闘型ではない。単純戦闘では量産型にすら劣る。あくまで支援型の特化サンプルでしかない。そこを理解した上で行動が、爽の生存率を増やす。
だけれど――やっと出会えた、ひなたと別離を余儀無くされる事は考え難い。
――まぁ、爽君がそこまで執着するサンプルだし、君も戦闘特化型サンプルと組まないと、本領発揮できないだろうし。いいんじゃない?
あの人はあっさりとそう言う。ただし、その発言の裏には、打算と計算で埋め尽くされているのも分かる。
でも結局は、爽がどう行動するか。どう想うか。どの結果を予測した上で選択するか。思索するには、あまりに情報が乏しかった。
そういう意味では、ひなたの衝動に乗る事は情報収集と、ひなた自身の能力チェックを行う事にも――違う。それじゃ、実験室の研究者と何も変わらない。
そうじゃないだろ?
俺はひなたを守りたいんだ。それだけだろ? 幼い時の過ちは繰り返したくない。この手なら離さない。焼かれても、どんな逆境でも、その覚悟は決めたじゃないか。
だから。
ひなたを守る最大限の方法を思索する事に妥協をしない。桑島ゆかりの時は、完全にひなたの能力に助けられた。そこに【デバッガー】の能力は発揮できなかったに等しい。
そして今後も、純粋な戦闘ではひなたに頼らざる得ない現実がある。男としては、やはり歯痒い。
(雑念ばかりだな)
溜息をつきながら。スマートフォンから、現在収集している情報を整理する。電子情報侵入(ハッキング)を試みる事も考えたが、労力の割に得られる情報は少ない。特に今回の場合は、公開情報(データベース)を検索する事で、彼の存在を特定したが、こんな事は稀だ。まるで情報が整理され、収集しやすいよう――に?
(そういう事か、実験室?)
この短い時間で爽は対策を練ろうと懸命になる。ひなたがいる。ゆかりもオーバードライブしなかったら問題無い。戦力は、だが。だがそれ以上の喜劇を実験室は求める、この図式はそういう事だ。奴らはひなたのデータをより詳細に記録したいがために、この事件を設定した可能性がある。
爽はスマートフォンに集めた情報を整理しながら、思案を巡らす。そして出した答えは────今までの自分では出さない答えで。
「桑島!」
「へ?」
隠密に行動すると言っていた爽が叫んだのだ。ゆかりは目を丸くする。
「最大出力、最大広範囲で雷撃だ!」
「え? いいの? 水原先輩?」
「早く! 早く!!」
ゆかりは爽の言う通り、力を込める。逆の手をひなたがぎゅっと握ってくれた。
掌を広げる。
青白い光。爽が指を鳴らす。その途端、帯電がより強さを増す。力を効率的に倍加するブーストが爽の手で行われたのを、ゆかりは実感する。
だから?
今まで無いくらい冷静に、力を桑島ゆかりは投げはなった。
最大出力、広範囲で。
保育園の窓ガラスが割れる。爽が指で合図した刹那、ひなたとゆかりは動く。
ふざけるな、と爽は思う。お前らにデータは与えない。五分で――データ収集をされる前に打開する。
爽の中に芽生えた感情。
それは【デバッガー】として、宗方ひなたを実験室から守りたいという、一心で。守れないのは――諦めるのは――探し続けるのは――もうたくさんで。
絶対に、ひなたを守る。
それだけを胸に刻んで、爽はひなたとゆかりの後を追う。
残り4分20秒――。