第12話 昨晩のこと その②

マズイ。マズイマズイマズイマズイマズイ。
見られてしまった。いや俺は何も悪いことはしちゃいないのだが、これは絶対勘違いされるやつだ。

「あ、いや、これは違ーー」
ナウロはどうにか言葉を見つけ弁解しようとするも、しどろもどろになって言葉にならなかった。
それがより一層怪しさを増し、端《はた》から見れば『下心丸出しでやったことが思いっきり他人にバレた人』にしか見えなかった。

ナウロの思った通り、ミカはハッと何かに気づいたような顔をしたかと思えば、子供をからかう時にするような表情《かお》をした。
「ナウロ様、なにをしてたんですかぁ〜?ナニしてたんですかぁ?」
「違います!気づいたらこの部屋にいてルシフがほとんど全裸で隣にいて......」
ナウロの必死の弁解もむなしく、ミカは「本当ですか〜?」と冗談めかしく笑っていた。





ミカは知っていた。ナウロの忘れてしまっていた昨晩の出来事を。

昨晩の式の後に行われた大宴会の際、せっかくだからとミカは地下室に数十年も昔から眠っていたワインを取り出した。この城にある、一番貴重な代物《しろもの》だった。
長い期間忠誠を誓って使《つか》えてきたルシフが理由が複雑であれど『結婚』という人生の転機に出会った記念と、その夫となったナウロに飲んでほしくなったのだ。

いざミカが持っていくと、イロウの馬鹿騒ぎが会場に響いており、「またあんなことを」と思い呆れたがいつもと大して変わらなかったので放っておくことにした。

「お嬢様、ワインをお持ち致しました。ナウロ様もいかがでしょう?」
ミカが二人の前に差し出すと、コルクの栓などでは隠しきれない葡萄《ぶどう》の甘味に包まれた香りが漂った。

「ふむ、せっかくの場だ。飲むとしよう」
ミカがコルクの栓を開け、ルシフのグラスに注いでいるとその隣でワインが気になって仕方がないといった様子でまじまじとワインを見つめるナウロの姿が目に入った。

「ナウロ様も、せっかくなので飲んでみられては?やっと飲酒ができる年齢になられたのでしょう?」
ミカが言うとナウロは少し考えたあと「じゃあ頂きます」と遠慮しながらワイングラスを出した。

では、とミカが瓶の後方を持ち傾けると透明だった容器がとくとく、と音を立てて赤紫色に染まった。
中身が出されたことによって葡萄の香りがさらに強まった。

「ではナウロよ、乾杯といこうか」
ルシフが自分のグラスを前に出す。ナウロもおぼつかない手つきで同じように出し、互いのグラスを重ね合わせた。
ちん、と音が鳴った。

ワインが喉を通しナウロの体内へと流れていく。
戦争の影響で貧しく育ってしまったナウロの舌は、久しく美味という感覚を覚えていなかった。
だが、今ワインを飲んだことが味の記憶の引き金になり、全身に染み渡るような感覚だった。

「どうだ?口に合ったか?」
「......はい、とても」
「そうか。なら良かった」
そう言って嬉しそうな顔を隠すようにワインを流し込むルシフをミカは眺めていた。

結婚した夫婦が幸せそうにワインを飲み合う、と一見豪華で優雅な食事風景だったのだ、が。
ここから事態が可笑《おか》しくなっていった。


誰よりも早く、ナウロの様子がおかしかったことに気づいたのはミカだった。
目が虚《うつ》ろになり、頭をふらふらと前後左右に揺らし始めたのだ。
おまけにぶつぶつと近くにいるルシフでさえ聞き取れないような小さなはっきりしない声で何かを呟いている。

「ナウロ様?どうかされましたか?」
ミカが声を掛けるも返事はなく、ナウロは顔を赤くして大きく頭を揺らした。
それは隣にいるルシフとて例外でなくーー同じように顔を真っ赤にさせ、頭をぐらぐら揺らしていた。

「もしかして.....お二人とも、酔われました?」

「なにをいってるのらミカ。わたひがそうも簡単に酔うわけがないらろぉ?」
そう言うルシフの言葉は呂律《ろれつ》が回っておらず、説得力というものはもはや皆無であった。

「そーだ、おれたちがそんな......なぁルシフ?」
「うむ、まったくら」
ナウロはルシフを呼び捨てにし、ルシフは舌足らずな状態。
これを酔ったという言葉以外でどうやって表す方法があるだろうか、とミカは思った。

ミカはふと自分の持ってきたワインの瓶に記載されているラベルに、アルコール表示があったことに気がついた。
まさかと思って記載を見てみると、アルコール度数10度と書かれていた。

ナウロがアルコールの耐性がなかったようで、付け加えて初めての飲酒で度数10度を飲んでは、酔っ払っても仕方がない数値である。
ミカはルシフにアルコールの耐性があまりなかったことを今になって思い出し、酔っ払い(特にルシフ)を野放しにしておくとどうなるか分かったもんじゃない、とミカは思い、とりあえず側《そば》についておくことにした。

と思ったのも束《つか》の間、突然ルシフはがたんと立ち上がった。

「お、お嬢様?」
ミカの声はさっぱり届いていないようでうんともすんとも返事をせず、ルシフはナウロに向かって言った。

「ナウロぉ!いっしょにねるぞ」
「あぁ!結婚したんだからいいよなぁ!?」
ナウロとルシフはその言葉を最後に、二人で手をつないで寝室へと向かっていった。

「いいわけないでしょう.....やれやれです」
二人がコケたり壁にぶつかったりしないように時に物をどけたりして二人の後ろを付いて行き、ミカルシフの寝室のベッドの中に二人が揃って入るまで見届けた。



「ふぅ......。お二人とも、今日はお疲れ様でした。ゆっくりお休みください」
最後にミカは二人に一礼し、部屋から出たのだった。








ーーー
「教えてください!俺は昨日なにをしたんですか!?」
ミカが何が起きたかを知っていると推測したナウロは、問い詰めてみたが全く無意味で、ミカはニヤニヤしながら教えようとはしなかった。

「え〜? 私は何も知りませんよ〜?
....あ、だったら直接聞いてみたらどうですか?」
ミカが指を指す方向にナウロは反射的に首を回す。
が、ナウロはミカの仕組んだ策略に気づけず、正直に見てしまった。

ミカが指を指した方向、そこにはベッドがあり、ルシフが体を起こして目をこすっていた。

「.....なんだ、朝から騒々しい....。何かあったの.....か......」






・・・。
しばしの静寂。
ルシフは事《こと》に気づき、言葉を詰まらせたかと思えば、酔った時に負けないほど顔を真っ赤に染め、布団を勢いよく被って隠れてしまった。


このあと、恥ずかしがって中々ルシフが出てこなかったのはもはや言うまでもないだろう。





ちなみに、なぜルシフが下着姿で寝ていたのかと言うとーー。





ーールシフには、寝ている途中で無意識に下着以外の服を脱ぐという癖があるからだった。

あっと特命
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