第6話 ドレスアップ

ナウロは衣装部屋まで案内された。
なんでも、ルシフが結婚するにあたってどうせなら自分の城でやりたいと言い出し、そのために《《着替え専用》》の場所としてナウロとルシフ、二部屋作ったのだそうだ。(ミカ談)
ぱっと言ったことがすぐに思い通りになるのはなんとも王らしい、と案内される途中ナウロは思った。

「ちょっとこちらに立っていただけますか?」
ナウロはミカに言われるまま、姿がまるまる入る大きな一枚鏡に立たされた。鏡の縁には細かな装飾がなされていて、いかにも王族の使う、高価《たか》そうなものだった。

それからはーー、描写するのが嫌になるほどの単純作業であり、時間のかかる作業だった。
ミカが持ってきた服をナウロが着、むんむんとミカが唸ったかと思えば服を脱がされまた別の服を着せられ、唸り、脱がされ、着せられ......。
かれこれ二時間以上のミカ自身の美意識の格闘の元、ようやく事《こと》に進展があった。

「次はこれなど如何《いかが》でしょう?」
そう言ってミカが差し出したのは黒いスーツだった。
ナウロは今まで自分の服装を気にしたことは無かったし(気にする余裕が無かったためだが)ミカの持ってくる服一つ一つの違いが全く分からなかったためもはやどうでも良かったが、そんなことを言うと今の必死になり過《す》ぎてちょっとアブない感じになっているミカに何をされるか分かったもんじゃないので、何も言わなかった。

「.....うん。これがいいですね。ナウロ様はどう思われますか?」
やっと自分の中で納得がいくようになったらしく、改めてナウロを一枚鏡の前に立たせた。
鏡に映るナウロの姿は、服装も相まってか彼の目にはそれらしく映った。
黒いスーツはピチリと身に纏われ、切る機会の無かった前髪は上に上げ固められ、鼻だとか目だとか、そういった顔のパーツ一つ一つが露《あら》わになっていた。
ナウロは自分の顔に少し気恥ずかしさを覚えた。
というもの、自分の家に鏡が無く『自分の顔』というものを長らく見てこなかったせいか、自身の顔がどんなものだったか半分忘れていたからだ。
ーーこう見ると俺って結構イケメン......じゃないな。いくら着飾っても自分は自分ってことか。

ミカに返事を求められていたことを思い出したナウロは、すぐに言葉を探して言う。
「はい、ありがとうございます。これにしようと思います」
「そうですか。きっとお嬢様も喜ばれると思いますよ!」
ミカは笑顔で言った。その顔からはナウロの感じたことの無いような安心感があり、なんとなくこれが『母性』だろうか、と思った。

「あとはーー、イロウとラファの方を待つだけですね。いやー、楽しみですねナウロ様?」
先ほど見た威圧感のある顔がミカの表情に表れた。その感覚に圧倒され、適当に愛想笑いと苦笑いを織り交ぜたような笑いを返しておいた。

「......いやあ、どのくらいかかるんでしょうね?」
自分でもよせばいいのに、と思いながらも訪れる沈黙にナウロは耐えられず、ミカに話を振った。

「そうですねえ......おそらくですが、そろそろ来ると思いますよ」
「来る?なにがですか?」
返事が返るよりも早く、衣装部屋の入り口の木の幹と同じ色のドアが三度、ノックされる音がナウロの耳に届いた。

「ほら、やっぱり。
はいは〜い、どちら様ですか〜っと」
機嫌よくミカが焦茶《こげちゃ》色のドアの前まで行き、開けるとそこには、ラファが立っていた。
最初ナウロの前に現れた時と同じ、つくりもののような真顔である。

「どうしたんですかあ?お嬢様の方の準備は終わったんですかあ?ん?」
なんとも意地悪な言い方である。さっきまでのスマイルは営業用なのか、とナウロは呆れた。

「違う。ルシフ様から伝言」
対するラファはミカの煽りも意に返さないといった調子で、ただ淡々と話した。

「『そろそろナウロの方も終わった頃だろう。終わったならば私の方を手伝いに来てくれ。別に罰ゲームのことに関しては何も言わんが、早急《そうきゅう》にな』って言ってた」
あまりに長く衣装合わせに時間がかかり過ぎたか、ラファの言ったルシフの伝言に、ナウロは若干の疲れと呆れが入り混じっているように思えた。
ラファの無機質な話し方からどうしてそこまでナウロが読み取れたのかというと、ルシフの伝言の部分だけ感情が込もり、声も似せてあったからだ。
ナウロは突然話し方が流暢になったことに驚いたか、ミカの方は普段からのことなのか特に驚いた様子は無く、

「わわ、はいはい今すぐ行きますよ」
と少し焦り気味だった。

部屋を出る直前、ミカはナウロに告げた。

「ではこれからちょっとばかり行って参りますので、準備が終わるまで少しかかりますがどうぞ、ごゆっくり」
そう言ってミカはラファとともに部屋を後にした。やれやれ、忙しい護衛たちだ。

ーーさて、何をしようか。
ゆっくりしろ、とは言われたものの特にすることが無い。
ちょっと寝るか、と思ったが今自分がスーツを着ていることを思い出し、そもそもこの衣装部屋には横になれるような場所も無い。
さて、どうするかな......。

...そうだ、城内探検をしてみよう。
これからここにどれくらい俺が厄介になるのかはまだ知らないが、もし長くいるのだったら部屋の間取りを把握しておいた方がいいだろう。
城の人にいちいち聞いて余計なことを聞かなくて済むわけだしな。

ナウロは少し楽しみを感じながら、部屋の外へと出てみた。
隣のルシフたちがいる部屋ではガヤガヤバタバタと、なにやら騒がしい様子だった。
少し気になったがもし着替え途中だといけないので、中を見るのは止めておいた。
ナウロは右と左どちらに進むか少し考えた後、右の方へ伸びた道へと歩いていった。

あっと特命
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