第三章:空の書、理の書――2
☆ ☆ ☆
「どうやら、テロリスト側が操っているのは〝精霊魔術〟のようですね」
現場であるスクランブル交差点へと、急ぎ足で向かいながら、ドグマが自分の判断を述べた。
遠目で見える位置まで来たことで、テロリスト側の様子は曖昧ながらも伝わってくる。
オレンジのツンツン頭をした青年と、水色の癖毛を持った少女が、風を纏い、炎を手繰り、水の守りを見せていた。
何れとも、自分と同年代に見える、若者だ。
青年の方は、上下とも黒い衣服を身に纏っている。
白のランニングシャツの上に、前開きジャケットと言うラフな着こなしが、どことなく不良感を漂わせていた。
片や、青ベースの少女はどこまでも大人しそうで、体つきもドグマと似て小さめだ。
ただ、ドグマと比べてしまうと失礼なくらい胸囲が恵まれて、少なくともDはありそうに見える。
ちらりと、ドグマの方へ目を遣り、無意識に吐息すると、
「――政? 今、とても失礼なことを考えましたね?」
女の勘は鋭いんだな、と実感した。
「〝自然魔術(しぜんまじゅつ)〟の一種だな?」
「話を逸らさないでください」
「時と場合を考えてくれ。今はこっちが本題だろ?」
むう、と頬をむっくりさせながらも、
「はい。……と言っても、この街で言うところの〝自然魔術〟とは、別物ですが」
法陣都市の自然魔術は、〝七霊の書〟の一項による、生物に関する魔術のことを指して呼ぶ。
だが、本来の自然魔術とは〝精霊〟の召喚による、自然現象の使役のことだ。
またの名を〝白魔術〟と言い、天使の術式も同類だと提唱する学者もいるらしい。つまり、〝神霊魔術〟の親戚と考えても良いだろう。
「ただ、見る限り劣勢なのは、テロリスト側だな」
「ええ、多勢に無勢なのでしょう」
「なら、まず止めるべきは……」
「はい。ファレグ隊の方ですね」
軍からテロリストを庇うなんて、矛盾があるな、と複雑な表情になっているのが自分でも分かった。
しかし、あちら側に魔導司書がいるならば、話は別だ。
魔導司書は〝七柱軍〟に追われる存在。たとえ、無抵抗だろうと、か弱い少女であろうと、執拗にチェイスを繰り広げられてしまう。〝魔導書〟を保有しているために。
隣の少女が実証しているからか、親近感が芽生えたからか、シカトする訳には行かなかった。
見れば、ファレグ隊の大型武装〝コール・ファレグ・アームズ〟が、二人に向けられていて、余計に放っとけなくなる。
――対人戦で使うもんじゃないだろ――!
「政!」
「分かってる!」
ドグマの催促に応え、〝理の書〟の実行に移った。
理の書は、魔術に必須となる〝儀式〟に、改竄を施すもの。
魔術にはことごとく、情報処理=儀式が不可欠だ。
理の書の〝改竄詠唱〟は、詠唱により情報を割り込ませることで、儀式そのものを狂わせ、発動するエフェクトを改竄する。
つまり、魔術の発動や術式を、意のままに操るものだ。
『改竄詠唱! 火星の天使は沈黙を選ぶ!』
ファレグ隊の神霊兵器は、火星の天使〝ファレグ〟の力を借りる。ならば、その天使の加護そのものを遮断すれば、発動はキャンセルさせられる筈だ。
「――――!?」
そして、それは現実となった。
困惑した様子で、二人の隊員が大砲のトリガーを引く。二回三回繰り返し、だが、
「コール・ファレグ・アームズが、発動しません!」
それだけではない。上空を走り行く、赤い疾走者たちも自身の武装を掲げたり、振ったり、叩いたりと奇妙な行動を執っている。
電波が途切れたスマホを手にしたような。あるいは、映りの悪いテレビに対する、非科学的修理法のような。
仕方ないと思う。いきなり、武器の調子が狂い、ウンともスンとも言わなくなったのだから。
「お? 何か状況は読めねえが、チャンスじゃねえか!」
オレンジ髪の青年が、棚から牡丹餅と、牙を剥くように、口元を三日月とした。
『サラマンダー・エンプレイ!』
やられたから、やり返すらしい。
紅蓮が生まれ、蛇の如くとぐろを巻き、咆哮に似た唸りを上げた。
だが、政はテロリストに協力するほど、お人好しじゃないし、その程度の正義感は持ち合わせている。
何より、共犯者だと思われては、困ったことになる。こちらはこちらで、逃亡中の少女を匿っているのだから。
『改竄詠唱。精霊の加護は失われる』
「なっ!?」
ウネウネと弧を描き、今にも食って掛かろうしていた赤い蛇たちは、理の書の改竄によって、酸欠したように消え失せた。
火の精霊、サラマンダーが、力を失ったからだ。
「てめえ! 俺たちの味方じゃねえのかよ!?」
「勝手に巻き込まないでくれ! オレたちは断じてキミたちの協力者じゃない!」
「この状況で何言ってんだ! オメエとそこの嬢ちゃんは、魔導司書と契約者じゃねえのかよ! 利害関係一致するだろうが!」
「だけど、テロリストに肩入れするつもりはない。飽くまで、はた迷惑な抗争を止めに来ただけだよ。この子、ドグマが放っとけないと言うもんでね」
ああ? と、酷く不愉快そうに、青年は顔つきを左右非対称にして、
「オメエまで勘違いしてんのかよ……」
億劫そうに重い息を吐いた。
「良いか? フィロの名誉のために言っとくがなあ――」
「――そこまでだ。大人しくして貰おうか」
何かを告げようとした、彼の言葉を遮るように、ハイヒールが地を鳴らす音が響く。
音とともに現れたのは、一組の男女だった。
男の方は異様に痩せていて、青白い肌の色と伴い、不健康な印象を与えてくる。
長い髪と、半開きの瞳。上下の執事服に紳士靴。それら全てが黒ずくめで、白のシャツが異物に見えてくる。
女の方も、また、黒髪ロングだが、彼女の衣服は黒ではない。赤ずくめだ。
ビジネススーツとタイトスカート、ピンヒールも、ファレグ隊のシンボルカラーで統一されていた。
どちらも高身長で、男は二〇代前半、女は二〇代後半に見える。
「ファレグ隊隊長、兼、黎明警察署警部の黒衣崎魔美(こくいざきまみ)だ」
赤い女、魔美が、威圧的なアルトボイスで、自分の地位を告げた。
彼女の赤いつり目は鋭く、猛禽類のそれを連想させる。
「テロリスト諸君。見たところ、君たちは十代後半だが、我は、いくら君たちが若かろうと、野放しにする訳にはいかないのだ。全員身柄を拘束させて貰う。――実行犯、共犯者共々な」