第三章:空の書、理の書――4
☆ ☆ ☆
「オレたちが……、オレたちの方が、危険?」
思わず、政は聞き返す。
全く理由が分からない。一〇〇歩譲って、テロリストたちの手助けをしたとして、その彼らより危険とはどんな意味か?
「当然だ。君たちを野放しにしては、法陣都市に取って大きな損失を生むだろう」
平然と、淡々と、魔美が告げた。
その意志の不動に、逆に気圧される。ドグマは何も言わない。
「何しろ、君たちの魔術は、魔術の仕組み自体を狂わせるようだからな。それが、魔術が支えるこの街に被害をもたらさないと、信じることの方が困難だ」
魔美の発言を聞いて、何故こんなにも突っかかってくるのか、ようやく分かった。
ドグマが宿す〝理の書〟。その術式は儀式改竄。
ありとあらゆる魔術の儀式を歪め、改竄し、エフェクトを狂わせる魔術。――その対象には〝近代儀式〟も含まれる。
そして、法陣都市は近代儀式による魔術が支える街。
〝錬金工業〟により最適化される基板の上に、〝人工扶桑〟を植樹して、〝神霊兵器〟を扱う軍が守る街だ。
理論上、ドグマの魔術を使えば、法陣都市そのものの都市機能ですら、改竄できるだろう。
ただし、この理論には致命的な欠陥がある。
「そんなこと、実行する訳がないだろ!」
魔術を扱う術者が、そのような企みを持っていない。簡単な理屈。
ドグマと政の望みは、寧ろ正反対なのだ。都市を守り、住民を守り、お互いを守り合いたい。断じて違わない望み。
「どうかな? 我たちの邪魔をして、テロリストの片棒を担ぐような短慮な若造だ。何の弾みで暴走するのかも分からない」
だが、信じては貰えないらしい。いや、彼女の言い分はある意味正しい。
政は、ここに来て魔美の思考に理解が及ぶ。
彼女は、法陣都市とその住民、その平和を守ることが使命だ。不穏因子は、僅かでも排除したいだろう。
少しでもグレーに近ければ。
「さらに、彼女は欧州連盟から手配されているのだ。見逃す理由はどこにもないな」
魔美との会話……と言うか、一方的な難癖を否定するのに必死で、政は気付かなかった。何時の間にか、ファレグ隊が円を描いて自分たちを取り囲んでいたのだ。
「現状の説明はいるか? 俗に、君たちは完全に包囲されている、と言うステレオタイプな台詞は」
彼らは、武装を手放しながらも、拳を握ってファイティングポーズを取っていた。
どうやら、神霊兵器が役立たずになろうとも、彼らの闘志は萎えないらしい。格闘戦に持ち込もうとも捕獲する。軍隊の鑑に相応しい矜持だが、今はとても迷惑だ。
ドグマの理の書は、対魔術戦では文字通り無敵を誇る。
魔術を改竄する特性上、魔術ではドグマと自分を傷付けることはできるまい。しかし、肉弾戦では無力だ。もちろん、政には軍人との殴り合いで勝つ自信などない。
それができないから、夢を手放したのだ。
「…………黙って聞いてりゃあ、好き勝手言いやがって」
背後から、掠れ気味の低音がする。
ハスキーな声には、煮えたぎるマグマにも似た、静かで、だが、どこまでも熱く危険極まりない怒気が含まれていた。
抑えに抑えていたが、我慢のリミットブレイクで噴火寸前と言ったところか。地響きのような擬音が聞こえてくるほどだ。
「好い加減、頭に来たぜ! 目に物見せてやろうじゃねえか!!」
「ま、待て! 落ち着いてくれ! これ以上、彼らを焚き付けたら――!!」
『エーテル・フロウ!』
刹那、取り囲んでいた赤い集団が、陽炎のように揺れる。