第三章:空の書、理の書――8
☆ ☆ ☆
「……テロリストに仕立て上げる?」
哲也には、政が続いて何と言うか想像が付いていた。
「何のために、そんなややこしいことを……。得する人がいるのか?」
そうだろうよ。哲也は思う。
テロリストに仕立て上げると、口にするなら簡単だが、実際には、入念な下調べ、情報の操作、そして実行と、片頭痛を覚えるくらい面倒だ。
だから、よほどの怨恨か利益がない限り、そんなことはしない。
「得するだろう?」
ただし、よほどの利益があるから話は別だ。
「俺たちは、――フィロは、魔導司書なんだぞ?」
政が目を剥きながら、呻きに似た声を上げる。
「まさか……、フィロを狙う口実のため、わざわざ!?」
「そうとしか考えられねえよ。寧ろ、そうじゃなきゃ理由がねえ。オメエたちなら分かるだろう? 政、ドグマ。魔導司書の有用性くらい」
魔導書が、人類に取ってどれだけ有用か。そして、そのテキストデータをDNAに刻んだ魔導司書がどれだけ希少か。
そんなことは、当事者足る二人には説明するまでない。
「だがな? だからといって、嬉々として狩り出せるほど、世間ってのはシンプルなものじゃねえんだ。人々の中には、善良な――つうか、常識を持った奴もいる訳だよ。魔導司書にも人権があるって思う奴もな」
それが普通だと、哲也は考えている。
いくら魔導書が欲しかろうと、保有者の自由意志を踏みにじる行為は、絶対に許されないと。
魔導司書は人工生命体である、〝ホムンクルス〟が先祖だ。だが、だから、何だ? だったら、人権はないのか?
そんな鬼畜か食人鬼の物言いを、この幼気な少女二人を目の当たりにしても、宣えるのかと。
宣えるとしたら、そいつは人間であることを捨てた、外道だ。フィロやドグマの方がよっぽど人間さがあると。
ともかく、正常な人間は世間にも散見され、代表的なものが魔導司書保護団体と言う話だ。
「そんな常識人が残ってるから、狩人側も易々とは手を出せない。……しかし、手を出す理由があれば違うよな?」
「だから、理由を作ったんですね? いや、でっち上げたんですね。罪を着せることで」
そう言うことだ。流石に、テロリストに温情掛ける人間は珍しい。全く、説明するだけで胸くそが悪くなる。
悪魔の所行ってのは、このことだ。
政も同じ意見らしい。苛立たしげに舌打ちして、眉間に皺を寄せながら、吐き捨てるように述べた。
「っ!! そんなふざけたことが許されるのかよ! 酷すぎるだろ!!」
今なら親友になれそうな表情だ。
彼は、その表情と動作を突然停止させ、はっと息を呑んだ。どうやら真実に気付いたらしい。
「……待ってくれ、それは、つまり、軍の関係者に……!?」
そうだ。と、哲也は首肯する。
「んなことは、加害者側が得しなくちゃやらねえ。いるんだよ。軍の中か、関係者に、テロ工作を施した誰かがな」
真実を述べた直後、ビクリとフィロの肩が震えた。
恐がりな彼女は、小さな物音にも過敏に反応する。
突如として響いた放送が、フィロを怯えさせるには、十分だ。
『島内の全域に通達する』
そのアルトボイスは、狩人のものだから。
『こちらは、黎明警察署警部、黒衣崎魔美。――テロリストが島内に潜伏している』
黒衣崎魔美は言った。