第四章:ドグマの嘘――8
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「ごめんなさい……! あんな、酷いこと、ワタシっ」
ドグマが身を震わせる。政の腕に包まれて、今まで見せたことがない様子で。
「お互い様だろう? オレも、ずっとキミの気持ちを無視してきたんだ。謝るべきは、オレの方さ」
そんな彼女を慈しむように、政はただ優しく抱き締めた。
「ドグマ。今度は、オレの番だ。オレはキミを守りたい。オレはキミの契約者でいたい。――良いかな? こんな頼りない男で」
ドグマが胸に埋めた顔を上げて、
「はい!」
幸せそうに目を細める。
「オメエら、よく人前でそんなイチャつけるな」
「ひきゃああぁぁ――――っ!!」
そんな二人を咎める、咳払いと苦言があった。思わず、この世のものとは思えない奇声を、政が上げる。
「いや、良いもん見られたなあ、とは思うけど、TPOを考慮する必要はあるわな。分かってるか? ここ敵陣の真っ只中だぞ?」
「ドグマさん。政くん。……素敵」
文面では皮肉っぽいが、哲也はまんざらでもないようで、フィロは感想が、どストレートだ。
感覚的には、恋愛映画を一緒に見る、熟練カップルと言ったところか。
「哲也!? フィロ!? アンタたち、何時から!?」
「何だ? 気付かなかったのか、色ぼけカップル。大分前からいたぞ? 大体、……何と言われようと、オレはキミを助ける――。あたりから」
「ほぼ最初からっ!?」
「政……、早く」
「何を? って、ぎゃああぁぁぁ――――っ!! こ、こらドグマ! 顔が近い!」
「キス……誓いのキスを」
「人前だ! く、首から手を離せ! 戻ってこい! ほら、TPO! TPO!」
どんどん混沌としてきた独房に、否、警察署中に、響くものがあった。
それは、署内のスピーカーから流れる警報だ。
『警報! 留置所、及び、独房に収容されていた、四人の犯罪者が脱走! 署員は速やかに、法陣都市へ拡散、配備せよ! 島外へ通ずる交通手段を遮断せよ!』
TPOを考えれば、当然である。魔導書一冊分の犯罪者が、二組、脱獄を試みたのだから。
「こいつは……、あからさまに霊脈移動対策だな」
哲也が、警報から現状を掴んだ。
ようやく落ち着き、だが、未だに唇を尖らせるドグマを抱擁したまま、政も同意の頷きを返す。
「法陣都市へ拡散。島外へ通ずる交通手段を遮断。つまり、霊脈移動を前提とした対策、か」
霊脈移動では、黎明島の外部への逃走は不可能だ。そして、霊脈移動の連発も、である。
それは、黎明警察署からの逃亡は容易だが、そこから島外への逃亡は困難と言うことだ。
だから警察側は、あえて、一度目の霊脈移動を使わせる手段を執った。その後に、人海戦術で捕らえるためである。
「だが、この状況は逆に言えば、署内が手薄になるってこった」
「手があるんですか?」
ドグマの質問に、哲也は渋面で、最終手段だがな。と前置きして、
「屋上にある天空車両を強奪する」
「でも、天空車両は、黎明島の外部じゃ使えないぞ?」
「ああ、だから、外部まで運んで貰う」
天空車両は、〝近代儀式〟が施された法陣都市だから使える、限定的な交通手段だ。当然ながら、魔導回線が描く〝魔法陣〟の外に出れば、単なる鉄くずに早変わりである。
哲也の考えは、突飛なものだった。
「そこから一か八か、霊脈移動を狙う」
霊脈移動によって法陣都市の外部へ移動できないのは、魔導回線の電流が邪魔するからだ。
逆説的に言えば、魔導回線の外側まで至れば、霊脈移動を用いて本土へ移動することは、可能かもしれない。
そのために、天空車両で外部に飛び出し、続け様、地脈や霊脈を用いて、霊脈移動を使用する。そんな作戦だ。
「おいおい……、正気か? もし、力の流れを捉えられなければ――」
「海の藻屑だな」
とは言っても、法陣都市の外周に、都合良く霊脈が流れている保証はない。力の流れを捕捉できなければ、命の危機に瀕するだろう。
「だが、その程度の覚悟はできてるだろ?」
挑発するようなニヤニヤ笑いを、哲也が二人に向けた。
ドグマが微笑みつつ政の手を握り、そんな彼女を苦笑い混じりに政が見下ろす。
「当たり前だろ? オレはこの子となら地獄にだって付いていくんだから」
ややあって、政は苦笑のままに嘆息した。