第四章:ドグマの嘘――7
☆ ☆ ☆
強奪と言う名の違法行為により、手に入れた署員用のカードキーが、自分の右手にはある。これで完全に犯罪者の仲間入りだ。
政は、吐息に似た笑み声を漏らし、それでも良いと思った。ドグマのことを助けることができるなら、どうでも良いと。
電子錠を解錠して踏み入った独房は、前室と牢屋に別れていた。
前室には、独房内を監視するためか、スピーカーとモニターが備え付けられている。
『な、に……』
スピーカーから絞り出すような声がした。掠れ気味で、今にも消え入りそうな弱々しい声だ。
ただし、その塩らしい声色が保たれたのは、一瞬だけ。直後には、わざとらしい溜め息で隠蔽される。
『――アナタは、やっぱり、体が目的だったんですね? 言った筈ですよ? ワタシはアナタを利用しただけなんです。それなのにわざわざこんなところまで……。ストーキングはほどほどにしてください。迷惑です』
続いて聞こえるのは、こちらを罵る言葉だ。口調は軽く、バカバカしいと言いたげな響きをしている。
だが、それが強がりであることは、直ぐに分かった。
モニターに映る彼女の笑みが、今にも崩れて泣き出しそうだから。
「ああ、じゃあ、それで良い」
『は、はあ?』
「ストーカーでも良い。体目的の変態でも良い。何と言われようと、オレはキミを助ける」
スピーカーから笑い声がした。まるで、先ほどの自分を見ているようだ。現実逃避のための、笑いとは似ても似つかない、乾いた声。
『お、おめでたいにも、程がありますね。ワ、ワタ、……ワタシは、アナタのことなんて……』
「好きじゃなくても良い。利用しているだけでも良い。全て嘘だって、関係ない」
『何、……で……?』
縋り付くように尋ねてきたドグマに、政は正直に答えた。
簡単な話だ。いくら嘯かれても、いくら強がられても、もう揺るがない。もう目を逸らさない。何故ならば、
「キミのことが、好きだからだよ」
『な、ぜ? おかしい、ですよ。ワタシは、……あんなに酷いことを言ったのに――』
答えておいて何だが、小っ恥ずかしくて悶死しそうだ。
しかし、これは今まで、彼女の思いに応えてこなかった罰だろう。ドグマはずっと、自分のことを思っていてくれたのだから。
だから、言おう。彼女が自分に言ってくれたように。
「信じて貰えないか? だったら、何度でも繰り返すよ。一〇〇回でも、二〇〇回でも、三〇〇回でも。ドグマが信じてくれるまで、――好きだと」
『どうしてっ……』
「誰かさんが、ずっと伝えてくれたからだよ。どんなに拒絶しても諦めないで」
大体、
「命を賭して、自分のことを庇ってくれたんだぞ? そんな、素敵な女の子を見捨てられる筈がない」
『ま、待ってください!』
ドグマが、最後の迷いを口にする。
『この扉を開けてしまえば、世界中が政の敵になってしまうんですよ!?』
それが、やっぱりこちらの心配で、吹き出しそうになった。
そうだろう。ドグマが命を賭したのは、こちらの人生を守るためなのだから。
「構わないさ」
それでも、政は躊躇いなく、電子錠を解錠した。余りにも呆気なく、扉は開く。まるで始めから、そんなものなかったように。
扉の先には、涙を必死で堪えるドグマが、直ぐ側で立ち尽くしていた。
「あ……」
「世界中が敵だって良い。地獄にだって付いていくよ。――魔導司書と契約者って、そう言うもんだろ?」
「あっ……!」
構わず微笑む、こちらの腕の中に、溜まらずと言った様子で、小さな少女が飛び込んでくる。
本当に、どうやったらあんなに強がれるのだろう? そう不思議に思うほど、小さな体躯の少女が。