終章:中立地帯――4
☆ ☆ ☆
政は、戸惑いを禁じ得ない。
確か、ドグマはペット可の代わりに、環境が劣悪となった学生寮で、大人しく留守番している筈だ。
その彼女が、何故ここにいるのか? いや、それよりも、何よりも、まず尋ねたいことがある。
「その制服……どうした?」
彼女が纏っているのは、昨日プレゼントしたパーカーとスカートではなく、当然だが、出会って直ぐの黒いフードでもない。
白を基調としたそのセーラー服は、間違いなく黎明学園女子生徒のものだ。
何だろうか? 今度は、コスプレで劣情を誘おうとか、そんな算段だろうか? この恥女ならば、やりかねないから笑えない。
「えへへへへー、似合ってますか?」
そんなこちらの気持ちを知ってか知らずか、その場で一回転をしてみせる。
チェック柄をした深緑のスカートが翻り、胸元のリボンが舞う。
サラサラとして金糸にも似た、彼女の長髪が一緒に空を遊び、その様相は、宛ら妖精の戯れのようだ。
思わず正直に、
「似合って、る。……可愛いよ」
感想が口を突いて出る。
「今晩は、これで行きましょうね?」
一言多いのが、酷く残念だ。
「……で、に、似合ってるけど、何故、制服を?」
「決まっているじゃないですか。――ワタシ、黎明学園に、中途入学します!」
「……はあ?」
確かに、それなら制服を着ていることも分かるし、理由にもなるだろう。何しろ、黎明学園の生徒になるならば、制服を着ない訳にはいくまい。
臆測だが、わざわざ教室にまで乱入したのは、いきなり登場でサプライズと言う、乙女心からだろう。
ただし、残念なことに、前提条件の時点で無理だ。
「いくら何でも無茶があるぞ? そもそも、キミ、まだ中学生かそこらだろう?」
いくら改竄が得意なドグマでも、年齢までは詐称できない。
だが、彼女はとても不思議そうに小首を傾げて、
「ワタシ、十六才ですけど?」
一瞬、時が止まった気がした。タップリと自然に間を取って、政は言う。
「同い年!?」
「はい。学年は一つ下になると思いますが」
そう言えば、ドグマの年齢を追求したことはなかった。どうオマケしても、高一には見えない容姿なのだが。
「ですが、政との約束もありますし、文句は言えません。受験勉強頑張りますね?」
「約束?」
あれ? そんな約束したっけ?
思っていると、ドグマが幸せそうに眼を細めつつ、夢見心地とした表情で、
「地獄にだって付いてきてくれるのですから、ワタシもどこまでも付いていきます。ずっとどこまでも一緒ですから!」
……ああ、言ったな。言っちまったな。そう言えば――。
かなり曲解しているが、彼女を救い出す際に、ハッキリと告白した。
何か、言質を取られたというか、脅されているというか、そんな気がして怖いけど、今更撤回などできる筈もない。
教室中がざわめき立ち、集中していた視線があからさまに好奇の色を得た。
「政? ちゃんと説明してくれるよな?」
必要以上の力で、友人が肩を掴む。
哲也とフィロに視線でSOSを送ってみたが、ただ親指を立てるだけだ。
「い、いや、これには法陣都市の陰謀的な何かが、深く関わってだな……」
我ながら、何て苦し紛れな言い訳だろう。とてもじゃないが、真実だとは思えないクオリティーの実話だ。
ドグマが、してやったりとイタズラげに微笑む。
七月二十三日。空は青く、どこまでも穏やかな空気が漂っていた。