第一話 謎の私刑執行人現る!(1) 変態怪人 イービルピラニアン登場

ある夏の日。とても蒸し暑い晩のことだった。
A子(仮名)が仕事から帰宅した時、室内には凄まじいまでの湿気が篭っていた。
「ふー、暑いわね。こりゃたまらんわ」
堪りかねたA子がとりあえず窓を開けようとして、カーテンを開いたその瞬間。
ガラス戸の向こうに、半魚人がいた。
「い~~ひっひっひっひっひっひ。こんばんわぁ~、お嬢さぁ~ん」
半魚人はボイスチェンジャーを使ったような不自然かつ気色悪い声色で、芝居がかった笑いとともに、いきなり挨拶をかましてきた。
「ぎゃ~~~~~~~っっ!!!」
A子は乙女にあるまじき下品な悲鳴をあげた。ついでに腰も抜かした。
家主に見つかっても、半魚人は別に逃げようともせず、妙に落ち着きはらっていた。
半魚人‐といっても、正確にいえば気色悪い魚のような覆面を被った男であった。首から下は普通のカジュアルな服装である。だがその妙なマスクと通常の服装のギャップが、かえってなんともいえない不気味さを醸し出している。
「だだだ、誰よアンタ!」
尻餅をついてガクガク震えているA子を、怪人は悠然と見下ろしている。
「ひひひひ。見つかってしまいましたねぇ。でもお宝の方はばっちり頂戴いたしますんで、ひとつ、ご容赦のほどを~~~」
半魚人は不敵にそんなことをのたまいながら、両手に持っていた数枚の下着を顔の手前に掲げてぶらぶらと振り、これ見よがしにA子へと見せつけた。
「あ、それ私の下着!」
A子が目を剥いて叫んだ。
「いひひ~。お嬢さんってば、清楚そうな顔してるくせに下着は結構大胆なんですねぇ。そのギャップ、何ともたまりませぬ。ひひ」
半魚人はさも愉快そうに、いかにも変態らしいコメントを発した。
「こ、こここ、この変態野郎!私の下着を返せ!」
A子は露骨に声を震わせながらも、勇気を振り絞って精一杯の虚勢を張った。
「ふふふ。顔に似合わず中々勇ましいお嬢さんだ」
「た、高かったんだからそれ。そ、そう簡単にくれてやるもんか!」
彼女はおとなしそうな外見のわりに、かなり強気かつケチな性格のようで、この極限状態においてもすんなりとOKを出さなかった。
「いひ。てことは、これはかなりの高級品ってことなんですね。うひひ、そそられますねぇ~」
「畜生!すぐ警察を呼んでやるんだから!」
「ほう~。こりゃ威勢のいいことで。結構結構。怒ってる顔も可愛いですねぇ~。ひひひ」
「ふ、ふざけんなこのヘンタイ!」
突発的な怒りが、束の間A子から恐怖を忘れさせていた。・・が。
「ひひ。いいですね~、その強気っぷり。しか~し! 命と下着、大切なのはいったいどっちなのかなぁ? ん?」
変態半魚人は声のトーンを下げ、ドスの効いた口調で脅しをかけてきた。
「い・い・命って?・・・まさか!」
その言葉に、A子はあからさまに動揺した。
「ねえ、どっち?どっちが大事ですかぁ~?イヒ」
半魚人は実に楽しげに問いかけてくる。
「あ、あなたまさか、わた、しを、殺す気、なの・・・?」
呂律の怪しくなってきた舌で、A子がたどたどしく言葉を発した。
「さあて、どうしようかなぁ~?」
半魚人は余裕タップリにそう言ってから、ガラス戸をドンドン!と強く叩いた。
「ひぃぃっ!」
A子の背中がビクンッ!と跳ねる。
次の瞬間、半魚人は手に持った下着を大きな石に持ち替えて、ホレホレとアピールしてきた。
「ひぃぃぃっ!!」
A子の両目がカッ!と見開かれ、体ごと後方にのけぞった。
「♪ よ~くかんがえよ~ いのちはだいじだよ~ ♪」
そこで半魚人は図に乗って、某CMを模した歌まで披露してきた。
「や、やめて!! お願い、どうか命だけは助けて!」
恐怖のあまり歯をカタカタと鳴らしながら、A子はそう必死に命乞いした。
「いひひ、ひぃ~~~」
半魚人は、この瞬間が無上の楽しみとばかりに満足げな笑いを漏らす。
「おねがい・・・たすけて・・・なんでもいうこときくから」
A子は泣きながら懇願を続けたが、怪人は不気味に笑っているだけだ。
「やだ・・・しにたくない」
A子は金魚のように口をパクパクさせて、痙攣するようにビクンビクンと震えていた。もはや完全にパニック状態である。
いつのまにか、スカートの周辺には大きな水溜りができていた。
その無様な姿を堪能して、怪人は満足したのか、今度は穏やかに語りかけてきた。
「ひひひ。誇り高き我輩は、殺しなどというエレガントさに欠ける行為はどうにも好みませぬ。我輩を怒らせない限り、レディに危害は加えないのでご安心めされい」
半魚人はそのようにスタンスを表明した。本人曰く「誇り高き」人格であるらしい。「我輩」などと自称するところも実にふざけた感じである。
「ゆるして・・・くれるの?」
すっかりしおらしくなったA子が、放心したように呆然とつぶやく。
「いひひひ。もちろんですとも。おとなしくお宝を差し出してくれれば文句はありませぬ。では、我輩はそろそろおいとまさせていただくとしましょう」
半魚人はそう言って辞去する旨を告げた。
「帰るんですか?」
A子は思わず敬語で尋ねてしまった。
「いひ。帰りますよ。や~、楽しかったです。たまにはこうやって所有者とコミュニケーションするのも悪くないですね~。ひひ。まあ、顔を知らないからこそ想像する楽しみもあるわけで、そこは一長一短ですけどね。うひひ」
半魚人は、最後までどこまでも変態だった。
つづく









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