第一話 謎の私刑執行人現る!(2)
24歳のOL・○山A子(仮名)から、下着強盗に遭ったという通報を受けたS県県警のA市警察署は、さっそくA子の事情聴取に応じた。
A子が夜8時ごろに帰宅して、玄関の電気をつけ、ダイニングルームの奥にある自室の窓を開けようとして、まずカーテンを開いたところ、窓ガラス越しの至近距離に、すでに賊がいたという。
A子によれば、犯人は魚のような気色悪いマスクを被った男で、格好はごく普通の私服、声はボイスチェンジャーで加工していたらしいということである。
現場には特に遺留品はなく、犯人が脅しに使ったという大きな石も、たまたまそこらへんにあった物を使ったようである。
A子に怪我はなかったが、殺害を仄めかされたことによる精神的なショックが大きく、しばらく心療内科に通院する事となった。A子は諸事情により安アパートの1階で一人暮らしをしていたのだが、事件直後には即座にアパートを引き払い、ひとまず実家に戻ることとなった。
この安アパートは二階建ての古い木造で、上下合わせて十戸の部屋が存在していた。A子の部屋は1階の真ん中で、両隣は空き部屋であった。両端の部屋にはそれぞれ老夫婦と独身の中年女性が入居していたが、この晩はたまたま外出中であり、犯人の目撃情報は得られなかった。
2階の五戸の部屋には全て入居者がいたが、真上の部屋をはじめ、三戸の所帯がそれぞれ外出中であり、在宅していた二所帯の住人も、大きめの音量でTVを見ていたなどしていたらしく、騒動には気が付かなかったという。
2階の住人の中には、このアパート唯一の若い独身男がいたのだが、この晩は友人と居酒屋で飲んでいたという裏が取れた。
この男には熱愛中の彼女がいることも確認され、犯人である可能性はほぼないとみられた。
アパートの間取りは2DKであり、ダイニングルームと6畳の部屋が2間、縦一列に繋がっている構造だった。奥の部屋には大きなガラス窓があり、その先には猫の額ほどのベランダがあった。ベランダの手前には金網が張ってあり、金網の向こうには、鉄柵に仕切られたいくつかの民家があった。
A子は普段防犯のため、洗濯物は自室内に干していたのだが、あの日は久々の晴れだったので、つい油断してベランダに干してしまったということだった。
犯人は、アパートの金網と隣の民家の鉄柵との間にある、わずか40センチほどの隙間からベランダに侵入したらしいことがわかった。
だがこの時点ではまだ、この事件はそれほどの重大案件とはみなされなかった。警察内でも、そもそも若い女性がそんな所に一人で住むのが無用心なのだ、まして洗濯物を干すなどもってのほかといった論調が支配的であった。
色んな意味で悪質な犯行ではあったが、夏場にはよくある性犯罪の一つとして、警察はそれほど熱心に捜査をしなかった。
しかし、1週間後、怪人は再び現れた。
それも、今度は1階ではなく、2階ですらなかった。
公営住宅の5階のベランダに現れたのだった。
つづく