明日の空に染まる。
「おい、もう皆集まってるぞ」
喫煙所に現れた飯田に呼ばれ、僕は火をつける寸前のタバコをポケットにしまった。
「もう十年か」
飯田は、少し曇気味な空を見つめながら、呟いた。
「十年って、こんなにもあっという間なんだな」
確かにそうだ。飯田の言う通り、十年という時間は長い様であっという間だった。
あの日の授業で発表した通り、飯田は医者になっていた。周りの友達も、それぞれ自分の納得のいく人生を送っているらしい。
僕も、そこまで最低な人生を送っている訳では無いから、きっと全員が何かしらの幸せを、この十年で見つけたと言うことなのだろう。
今日は、飯田の様な懐かしい顔が揃う日。
簡単に一言で言ってしまえば、先生の命日だ。
当時の僕らには、先生が亡くなった理由、というよりも、亡くなった事すら知らされなかった。それを知ったのは、確か僕らが中学校を卒業してから数ヶ月くらい経った時だったと思う。
その時は、酷く落ち込み、現実を受け入れられずにいた。身近な人間が亡くなるのは、初めてだったから、余計に。
今思えば、先生が亡くなった理由を、親が教えたがらなかった訳が理解できる。
自分が親の立場なら、同じ様に口を噤むだろう。
「私が先生になった理由はね……」
「君達の自殺を止める為なんだよ」
「僕達は、別に死のうと思っていませんよ?」
「うん、知ってるよ。今はね」
先生の言葉の意味が、理解出来ない。
「未成年の自殺率は、凄く高いんだ。だから、私が〝教師〟として自殺の怖さを教える事に……したの」
当時の僕は、自殺というものを何となく知っている程度だったが、何か凄く怖い話をされている様な気がして、その日を最後に先生と距離を置く様になった。
僕がもう少し頭が良い生徒だったら、きっと先生の言葉の意味に気付いて、止める事が出来たのかもしれない。そう思うと、自分の無力さに嫌気がさす。
本当に、感謝してもしきれないくらいの恩がある唯一の人。だって先生のお陰で、クラスの誰一人自ら命を終えること無く、これまでこれたのだから。
「ありがとう、先生」
線香から放たれる煙は、天井付近で一回転して消えていった。ぼーっと煙を眺めていると、僕の頭は、卒業式の光景を思い出し始めた。式が終わった後、教室で先生が僕らに伝えた最後の言葉を。
「君達が大人になった時、私を恨むかもしれない。周りからは最悪な教師だと言われるかもしれない。それでも、私は私なりのやり方で君達の未来を守りたい」
「……命をかけても守りたい、大切な生徒だから」