雪が伝えた人形浄瑠璃

この国を「近江の国」と呼んでいた頃の事。
毎年この時期に成ると、越前と近江の国境で有る、この峠を越えて、上方に向かう旅まわりの人形浄瑠璃一座が有った。
一年かけて加賀の国等、北陸の街を興行して回り、上方で正月を興行で迎える為で有る。
この地方は雪が多く、雪の時期を避けてこの峠を越え無ければ成ら無い、この時期を逃すと雪に埋もれ、足止めされしまう事を知っていたからで有る。

だが今年は何時もと違っていた、冷え込みが厳しく、峠はまだ木々に囲まれ風や雪を防いでくれたが、
やっとの思いで峠を越えて里に下りると、鉛色の雪雲は国境の高い山々阻まれ重たい雪を落とす、
その雪は、シンシンと音も無く、降り続いた。

一座の者達さえも雪の中に消し去ろうとしている様で、お互いに身を寄せ合って立ち尽くし、
降り積もる雪を避ける術は無い、真っ白な世界変えていく。

やがて荷車は、引く事も押す事も出来なく成り、誰もが顔を覆い、息をするだけが精一杯で立ち尽くしていた。
人形を入れた「葛籠」や着物を入れた「柳行李」を荷車から下ろし担ぎ直したが、座員達は一歩も歩く事が出来なかった。
その時、一座の人形使いの名人で有る、老人が寒さと疲労からで有ろう、雪の中に崩れ込んだ、異変に気付く孫娘、お春が駆け寄り.
    お春  「じいちゃん・!!・・じいちゃん・・・」
    爺さん  「・・・・」
返事は無く、体は氷の様に冷え切っている。
座員達も寒さと疲労で、立っているだけが精いっぱいで、座頭が肩で大きく二つ三つ息をすると絞り出す様に。
座頭  「たっ・・助けを呼ぼう・・・!!」
 だが無暗に助けを求めさ迷っても命に係わる、あたりに目を凝らして見渡す、雪で真っ白に霞む中に家らしき影が見える。
    座員A 「家だ・・・!!」
    座員B 「家が見える・・・」
叫ぶと同時に、お春が腰までも有る雪を手でかき分け、必死で民家に向かう。
    座頭  「このままでは、死んでしまう・・!!」
        「みんな・・!!・・何とか、あの家まで辿りつこう・・!!」
座頭の叫ぶ声に座員達は、我に返り老人を抱え、必死にお春の後を追う。
 やっとの思いで民家にたどり着いた、お春が“ドッドッドッ・ドドドドドッ・・”と戸を叩く。
   お春  「助けて・・お助け下さい」
ただならぬ叫び声に、裸足で駈け出て来たのは、この屋に一人住む若者、太一で有った。
   太一  「どうした・・!!??・・こんな雪の中を」
   お春  「お助け下さい・・じいちゃんが・・じいちゃんが」
   太一  「爺さんが・・どうした・・どうした・・?」
お春はただ。
   お春  「じいちゃんが・・じいちゃんが・・・」
と叫んで・・一座を指さすばかり、お春が指をさす方向を見ると、微かに人影が見える。
   太一  「爺さんが雪に・・埋もたのか・・?」
       「待っていろ・・今・・今・・助けに行く・・」
雪国に生まれ育った太一の動きは素早く無駄は無かった。
   太一  「お前は此処にいて・・囲炉裏に薪を・・火をもっと   燃やせ・・・それからこの着物に着替えろ」
 母親の着物を差し出した。
   太一  「直ぐに爺さんは助けて来る」
 そう言うと外に出て村人を呼んだ。
       「みんな出てきてくれ」
大声で叫ぶ声に、村人達が出て来た。
   村人A  「おお~・・?・・」
     B  「如何した・・・?」
     C  「如何したのだ~・・?」
数人の村人が太一の傍に駆け寄る大雪の中、助けを求めている者がいる事を察し、一人は人手が足り無いと、村中に声を掛けた。
   太一  「爺さん・・?・・爺さんは何処だ」
   座員A 「爺さん・・助かったぞ・・!!」
   座員B 「・・たすかったぞ~・・」
座員の一人が抱きかかえていた、爺さんを太一に預けた。
   座員B  「助かった・・!!」
   座員達  「助かったぞ~・・!!」
 太一の家では、お春が心配そうに背伸びをしながら様子を見ている。
   お春  「じいちゃん・・」
太一を先頭に村人と座員達の姿を見て、お春は安堵の表情に変わる。
爺さんを背負い太一が帰ってきた。
 囲炉裏の傍に寝かせ、有るだけの布団・着物を出し、爺さんを布団に寝かせ、お春は祈る様に爺さんの体を擦った。
太一は、爺さんの無事を確かめ、又外へ出て行った。
その頃一座の者は庄屋さまの家に入った。
庄屋さまの屋敷の土間には、火場を作り、村の女たちは湯を沸かしている。
   座頭  「ありがとうございます。」  
       「助かりました・・・!!」
そこへ、太一が庄屋さまの屋敷に入って来た。
   座頭  「爺さんは、どう成りました、無事でしょうか」
   太一  「大丈夫、暖かくして眠っていなさる。」
   座頭  「良かった・・良かった・・ありがとうございます」
座員一同が温かい、お湯を飲み凍えた体を温め一息ついて、一座の皆が笑顔を取り戻した頃。
   庄屋  「これからの事だが・・・」
   座頭  「は・・はい・・明日には立とうと思っております。」
   庄屋  「いや~・・この雪では、動けまい。」
       「どうだろう、雪が止むまでの間の村に居ては・・・?」
   座頭  「いや・・・この様に大勢がお世話に成るわけには、いきません」
   庄屋  「だが、無理をして出ていつても、また同じ様に雪に埋もれましょう・・」
   一同  「・・・・・・」
   庄屋  「今からこの雪では、今年は大雪に成りそうだが、晴れの日も来るで・・それを待った方が良い」
庄屋さまの指図で、爺さんとお春は、太一の家に、庄屋さまの屋敷は大きいとは云え、一座全員を泊める訳にもいかず, 一人二人と村人の家に泊まる事に成った。
 村人と一座の者が足止めされて、寝食を共にし、4日たち6日経つと、旅回りの一座の者達は誰からとも無く、百姓の冬の仕事である「藁仕事」を手伝い始める。
雪の間に、春に成れば田畑に出る。
野良仕事に必要な縄をぬい、菰・ムシロを編む、これら縄・菰・ムシロ等は、人形劇一座も馴染みの有る物で、小さな小屋は杭を縄で縛り、組み立てる。
菰やムシロは小屋の囲いに張り付けるので有るが、一座の者達はこれらの物がどの様に作るのかを、見た事も無いし、気に掛けたことも無かったのだろう。
 興味を持つ者や助けて貰ったお礼にと、手伝う者が増えて、村人達と作業を進めていた。
 有る者は、縄をぬう村人の見事な手捌きに自分も出来るのではと、見様見まねで藁を持ち、真似をして見たのだが、縄をぬうにはコツがいる両掌に藁を持ち、両手をこすり合わせながら「ねじる」ので、すぐに真似の出来るものでは無い。
 又、藁仕事は根気もいるし、いつもの仕事とはいえ手は荒れる、まして一座の者には尚更手を痛める作業で有る。
   村人  「熟れない事は、止めとけ、手の皮が剥けて“ヒリヒリ”して、箸も握れんぞ・・・!」
   座員  「手を痛める前に、縄に成ら無い・・・・?」
縄をぬう村人の手を見ながら、真似をするのだが。
   村人   「俺達は、子供の時から縄ぬい仕事を手伝って居る、そう簡単に真似されたら、百姓の立場が無いて・・」
        「やめろて・・・!!・・・藁が無駄に成るじゃねぇ~か・・・!」  
        「其れより、歌でも歌ってくれ、その方がよっぽど助かる。」
 座員は、何処が違うのかと、自分の手を見ながら、首を傾げていたが、流行りの歌や面白い出来事等を傍で歌い話した。
   村人  「そんな歌が上方では流行っているのかい・・・!」
       「へ~・・・?そんな事が本当に有ったのかい・・・?」
 座員の歌や話を聞き、一緒に歌ったり、いろいろな旅先での出来事に一緒に笑ったり、怒ったり、又泣いたりと、そんな毎日が村のあちらこちらで続いた。
 太一の家でも、代々使って来た簡単道具で毎年米俵を編む、藁を添えて糸を巻いた木の重りを交互に手前に又向こう側に動かしながら、それを繰り返すと俵が編み上がる。
 お春は、太一より少し早く起き、朝餉の支度をする。
 これもお春には、何か楽しい思いがした。
   太一  「お春坊・・・そんなに早く起き無くて良いいのに・・」
   お春  「・・あっ・・起こしてしまったかな~・・・・」
 まるで若い夫婦の様な会話をしながら、お互いに「うれしい様な恥ずかしい様」な心持ちで有る。
 食事が終わると、太一は俵編み始める。
 朝餉の後片付けが終わると、お春は太一の傍に座り、太一の手伝いを始めるので有る。
 お春は楽しくて仕方が無い、命を助けて貰った太一への恩は、太一を慕う気持ちに代わっていった。
 二人は無言のままそれでも顔を互いに見つめ俵を編む。
 お春が藁を太一に渡す時、手と手が触れる。
 生まれて初めて、これ程ドキドキした気持ちは互いに無かった両親が居ない、お春は笑顔も忘れていたが.「このまま・・・このまま・・・この家に太一さんの傍に居られたら・・・」心の中でそう思っていた。
 お春の頬がほんのり紅色に染まっていた。
 太一にとってもお春にとっても、生まれて初めての楽しい掛替えの無い時間で有った。
 囲炉裏の傍で目を覚ました、爺さんが二人の幸せそうな後ろ姿を、我が身の事の様に嬉しく見ていたが、何れ失う時が来るのかと、目を反らす様に寝返りをした。
 十日がたち、二十日が過ぎた朝の事、お粥も日に日に薄く成り。
 太一はお春の茶碗を見て、お粥が何時もより少なく成っている事を気に掛けていた。
 お粥の中には、ほんの少しの米と芋や大根が入っている。
 長い冬を越す為の蓄えは、太一の家だけで無く村のみんなもぎりぎりの量だろう。
 其の上、一座の者を抱えて迷惑なのはお春にも解っていた。
   太一  「・・お春坊お前・・?・体でも悪いのか?」
   お春  「・・・いいえ・・何とも有りません、・・・!!」
   太一  「何時も茶碗に半分しか食べて無いだろう・・・?」
       「悪く無いなら・・食べな・・・朝早く起きて朝餉の支度をして、慣れない藁仕事して腹が減るに違い無い」
太一は鍋に残った、お粥をお春の茶碗に移した。
   お春  「私は半分で十分です。」
       「・・太一さんこそ、足りないのでは・・・?」
 そんな二人の会話を聞いていた、爺さんがそっと茶碗を差し出した。  
   爺さん  「わしは年寄りだから、半分で十分・・これを食べてください・・・・」
   太一   「爺さんは、食べ無いと元気が出ないぞ・・」
        「気を遣は無くて良いんだよ」
   お春   「・・・私の分を半分・・・」
茶碗を差出すが。
   太一   「・・・・・・・」
        「お前・・食べたいだけ先に食べろ・・・」
 一口すすり、茶碗を差出す。
   太一   「それが好きなだけか・・?もっと・・食べろ・・・」
 もう一口、遠慮勝ちにすすり、差出す。
   太一  「もっと・・食べろ・・・」
首を大きく振りながら、食べようとし無い、ようやく茶碗を受け取ると、お春の顔を見ながら一気に流し込む太一を見て、三人は腹に力の入ら無い情け無い顔で笑ったが、それも又幸せとだと思えた。
庄屋さまの家では、座頭がこう切り出した。
   座頭  「これは、もう少し早く出さなければ成らない物なのですが」
       「皆様方のご厚意に甘え・・・図々しい事で・・・心苦しい事ばかりです。」
巾着を差出した、庄屋さまは腕組みをしながら、
   庄屋  「・・折角だが・・・!・」 
       「座頭さん・・この辺りの百姓達は皆、余る物が有れば無い者に分け、又足り無い物と交換をする。」
       「そうして、百姓は生きて来たのです、洪水の時も嵐の時も・・」
       「・・お金は・・余り必要な物では無いのですよ」
   座頭  「しかし此のままでは・・・?」
       「皆様方の食べ物までも、私たちが食い潰すことに成ります。」
   庄屋  「座頭・何も心配なさる事は無い・・庄屋としての務めは、村と村人、そして村の客人を守る事、一座を守る        座頭と同じ事だ、どうだろう、もう少し頑張って見ようでは有りませんか・・」
暫くの間、無言の庄屋さまと座頭。
       「・・・・・・」
   庄屋  「雪は降り続く事も無かろう、晴れ間もきっと有る・・もう少し様子を見て、それから考えましよう・・」
   座頭  「・・・・・・・」
 一旦は話が付いた。
 庄屋さまは一座を助けたその時から、近郷近在の庄屋仲間に声を掛け協力を求めていたのだが、村人がその事を知って、騒ぎに成らない様に、その事は誰にも知らされてはい無い。
 又、幾日が過ぎ雪は降り続き、正月が来た、だが今年の正月は毎年とは違い正月の村行事等は仕来りを守るだけの質素で慎ましく、新年の挨拶を交わす程度のものだった。
 また一月が過ぎ、二月が過ぎたある日の事、お春が目を覚まし、何時もの様に朝餉の支度をして、太一の手伝いを始めた頃、屋根から下がった“氷柱”からポタポタと水滴が落ち、時折屋根雪が音を立てて落ちた。
 この様な温かい日が続くと、いよいよ太一とお春の二人の時間が終わるので有る。
 庄屋さまの屋敷に皆が集められ、いよいよ明日一座は村を離れる事に成った。
    庄屋  「晴れの日が続き、段々温かく成る、だがまだまだ雪の時期には違いは無い、一座の皆さんが帰る良い機会         だと思う。」
        「いよいよ座員の皆さんが待ちに待ったで有ろう、帰る日が来た。」
        「わしらにとっては、寂しい事だが、これが一番良いことで目出度い事と思う。
    座頭  「・・・・誠に皆々様には、言葉で言い表すことの出来無い程の御恩に預かり、御礼申し上げます・・。」
        「何の足しにも成らないとは思いますが、これは一座の者の気持ちです。」
 座頭は一座の者から集めた、金と人形を全て宿銭の代わりにと差し出すが、村の者は誰一人として、うなずく者は居なかった、黙って庄屋さまの顔を見ている。
    庄屋  「それでは、旅をするあなた方がお困りでしょう」
        「この土地に住む我々と違い、寝泊りするにも、飯を食うにも金が要るのでは・・・?」
    座頭  「・・・しかし・・・これを受け取って貰わないと我等の気が済みません・・・」
 座員達は夫々の世話に成った村人を見てうなずいたが、村人達は皆下を向き誰も言葉を出さなかった。
   庄屋  「皆も同じ思いだと思う、金は受け取れません・・・ な~ア・・・みんな・・・」
   村人達 「そうだ・・そうだ・・受け取れねえ~・・・」
       「そうだ・・・」
       「そうだぞ~オ~・・座頭・」
   座頭  「それなら人形を・・お礼の印に・・・」
 暫く間を置いて、庄屋さまが口を開いた。
   庄屋  「なあ~ぁ・・座頭さん・」
       「あんた達の人形は・わしら百姓の土地田畑と同じでは無いかね・・・わしら百姓から田畑を取り上げられた        ら、死ねと言うのと同じ・・。」
       「人形浄瑠璃一座から、その人形を取り上げると言う事は、死ねと言う事・・・・?」
       「わしら百姓が田畑を手放す様に一座から人形を取り上げる様な罰当たりな事をしたら、御先祖様に申し訳が        立たない・・」
 この庄屋さまの言葉に、人の親切に触れる事も多い、旅回りの一座だが、これ程の深い人の情けに包まれた事は無かった。
 座頭は涙が次から次に溢れて、畳に“ポタポタ”と落ちた。
 座員の皆もそれぞれに村人達の手を握り締め、肩を抱き泣いた。
 暫く、泣く声が続く、庄屋さまが皆を宥める様に両手を前に出し、うなずきながら。
   庄屋  「どうだろう・・・!・・お前さん達の人形劇を村の衆に見せてやっては貰えまいか・・」
       「この村から出た事も無い者ばかりで、まして人形劇など観た事の無い者ばかり・・・きっと喜ぶに違いな         い・・木戸銭と宿代・・・それで“お相子”と言う事にしたら。」
 この言葉に、座頭は又、涙を流した。
   庄屋  「よく泣く座頭さんだなぁ~」
 こう言われた、座頭は照れくさそう涙を拳で拭きながら。
   座頭  「そん・・そんな事で良ければ、容易い事・・・やらして貰います・・・。」
 一同歓声へと変わった
 いざ、芝居見物と成ると、弁当や酒肴がいる、子ども達のおやつもいる。
 家に有る物それぞれが持ち寄り、女たちが楽しそうに笑い、煮炊きをしている。
 子ども達は母親の目を盗んでは、出来上がった煮物を口にしては、はしゃいでいる。
 男たちは何処で都合して来たので有ろう、酒徳利を嬉しそうに抱えて庄屋さまの屋敷に集まった。
 一座も大忙し、にわか舞台を設け、芝居の出し物や夫々の役割等を打ち合わせながら、手際よく準備を進めて、久しぶりの講演だと張り切っている。
 そうして、いよいよ幕が開く、一座の公演の始まりで有る。
・・・・・・・・人形劇開演・・・・・・・
       「トザイ・トウザイ」
 口上からから始まり、一座の演目が続く。
 演目には、「時代物」「世話物」「景事」が有り、「時代物」は、公家や武家社会の出来事を題材にした物で代表的ものに、「菅原伝授手習い鑑」「仮名手本忠臣蔵」「義経千本桜」「絵本太功記」等が有る。

「世話物」は、題材は世の中に起こった事件や物語をリアルに涙有り笑い有りの庶民の日常の機微が描かれる物で代表的な物に、「曾根崎心中」「冥途の飛脚」「心中天網島」等が有る。

「景事」は、長丁場の作品中ガラリと気分を一心させ、ちょっと重く成った気分を戻し、お客を返す「追い出し」などの効果を兼ね備える物で有る。代表的な物に、「釣女」「五条橋」「団子売り」「紅葉狩り」等が有る。

 三味線は、太夫の自由な表現を支える為、その息づかいや間の取り方に合わせ、人形遣いは、語りに合わせて人形を操る。

 村人達の歓喜の声・・・子ども達は、初めて見る人形芝居に戸惑い“ポカン~”としていたが、やがて悲しい場面では、母親の膝に顔を伏せて母親と一緒に成って泣き、楽しい場面では、飛び上がって笑って喜んでいた。
 人形の動に合わせ見栄を切り睨みつけている者や、三味線に調子を合わせて踊って居る者もいる、演者と観客が一つに成った。
 座頭は、村人を見てこれ程大受けした興行は無かったと満足気で、村人に受けた恩に対しての心苦しさが少し楽に成った気がした。
 庄屋さまは大はしゃぎする村人たちを見ながら、おそらくは長い共同生活の中で、一座の者達を厄介者と思い、一座の者は居候と言う引け目を感じ、村人の一言一句を気にし、その視線を冷たく感じる事に成る、「不平・不満」の芽が出始めたで有ろうこの時期に、皆一座の者達と一つになれた事を、“ホット”しながら見ていたので有る。
 夜も更け、夢の様なひとときが過ぎ。

・・・・・・・・・・人形劇終了
   こども達  「あしたも観たいなぁ~」
   村人親達  「あしたも見せてくれまいか・・・??」
 村人たちが口々に座員に頼み込んでいる。
 座頭は、村人達の頼みは如何してもかなえたい、だが小さな一座で幾つも演目が有る訳でも無く、試案していた。
        「・・・・・」
    庄屋  「無理を言うものでは無い・一座の方々も一日も早く上方に帰ら無くてはならん」
    座頭  「このまま雪さえ降ら無いなら、私たちは少しでもこの村に居て、御恩返しをさせて頂きたいのですが。」
    庄屋  「雪は、・・此のまま・・・降らないとは思うが・・?」
        「御天とさまの決めなさる事だからな~・・」 
   若者達  「せめて人形の操り方を教えて貰いたいな~・・太一・・お前も教えて貰いたいだろう。」 
   太一   「・・あ~ア・・・・!」 
 若者の言葉に、座員達が座頭の顔を見る、村人に対する感謝の気持ちを皆が感じているから、何か村人の頼みを聞きたいと思うので有る
 座員達の意をくみ、暫く考えていた、座頭が。
   座頭  「それでは明日も、お目かかりにかけまするぅ~」
 お道化た調子で両手を広げ、頭を下げ、座頭が叫ぶと、歓声と拍手が沸いた。

 だが、村人に同じ出し物を見せる訳にはいかず、
   座頭  「さてエ~・・・どうしたものか。」

 翌日庄屋さまの屋敷には、村人たちが集まりはじめ、一座の出を待っていた。
   座頭  「今日は、人形の操り方」
       「義太夫の語り」
       「三味線の弾き方」
       「それぞれ気に成るものを、大夫、三味線方、人形遣いの前に集まってもらい、習って下さい。」     
   庄屋  「それは、面白い私は座頭の心得を習おうかな・・?」
  村人達  「庄屋さま・・それでわしらを操るのか・・ハハハッ」
 太一は、爺さんとお春の前に進み出たが、有る者は、「太夫」の所にまた、有る者達は三味線弾きの所に集り、爺さんの操る娘人形の所へは、太一が一人だけで、他の者達は、「立役」、(種類が多く、性格を表現した物、役柄に応じ造作や色を様々に変化させる)人形や「特殊なかしら」(その役専用の物)特殊な仕掛けを、施した物)自由奔放に作られた、(名も無い端役用等)夫々人形遣いの下に集まった。
   太一  「誰も来ないのか・・・?」
   村人  「遠慮するよ・・邪魔はしたく無いからな~・・」
 みんなが太一とお春を見てうなずきながら笑っている。
   太一  「それでは、娘人形は任せろ」
 からかわれたのは、解っていたがとぼけていた。
 あちらこちらで、見様見まねの習い事が始まるのだが、一朝一夕に会得出来る芸では無く途轍も無い奇声を張り上げて「義太夫」を語る者や、調子外れ三味線を引く者で庄屋さまの家は大騒ぎと成る。
 その中で、太一は真剣に爺さんの芸を見ている。
 又、芸事には、頑固な爺さんでまるで弟子にでも教える様な気迫のこもった教え方でお春は太一を気に掛けて見ていた。
   座頭  「みんな一休みしたらどうだろう・・一気にやると後が続か無くなる」
 その声に皆が、腰をおろす、あちらこちらに座員を中心に円座が出来た。
 太一ら三人も又、座り込む。
   お春  「お茶をもらって来る・・」 
   太一  「俺が行って来るよ・・・」
  村人達  「ヒュ~ヒュ~・・俺達にもたのむよ~・・お春坊・・」
 爺さんが太一の腕を掴み、立ち上がろうとする太一を止めた。
 お春は太一の為に何かと世話をやきたいとの思いからだろう、おそらく気づいて無いのは、太一だけだった。
   爺さん 「太一さん・この人形は~・・!」
 爺さんが切り出した話は、この娘人形の事だった。 
 それは、お春を生んで間もなく母親は亡成った、子をおいて逝った母親の心残りと無念さと、一生母親の顔も姿も知らぬままに生きていくお春、母親とお春の事を不憫に思った、父親がその日から一心不乱に、母親にそっくりなこの人形を彫り上げてどんな時もお春の傍に置いた。
   太一  「・・お春坊は・・そのことは・・・?」
  爺さん  「ああ~・・知っている・・お春が八つの時・・その人形をお春に抱かせて、お春の両手を握り締めて、」           「この 人形はお前の“おっ母さん”だ・・・」
       「それが父親の最後の言葉だった・・」
       「わしがこの人形を操る時・・・お春は、母親を見ている様で、いい加減な気持ちで扱う事は出来ない」
「幼いお春がぐずるた時も、この人形を抱かせ子守歌を聞かせると、いつの間にか眠ってしまう」
       「物心の付いた頃、寂しいのかと尋ねると、目にいっぱい涙を貯めて、首を横に振った。」
       「我慢強さは、母親譲りで・・・」
       「わしは、・・・恐ろしいんだよ・・・・・」
       「お春が、母親の年に近ずくと・・・わしは・・・・恐ろしいんだよ・・・」
       「母親と同じことに・・・・同じことに成はしないかと・・・・」
       「母親が息子の嫁に来た時に、そっくりのお春が・・母親と同じことに成りはしないかと・・・」
       「元々体が丈夫では無かった、母親は旅回りの苦しさ、辛さを我慢して、明るく気丈に振る舞っていたが」
       「お春を生んで、幸せそうだった・・それもつかの間でしかなかった・・・・」
       「息子もわしも、気付いてやれなかった・・・・・・」
       「その息子が女房そっくりのこの人形を彫って・・・・死んでしもうた・・・」
       「せめてこの人形を魂込めて生かしてやらねば・・いま出来る事はそれだけじゃ・・」
       「お春が母親と同じことになったら・・・わしは・・わしは、何のために長生きしているのかわからない・」
       「そして・・この人形は、誰にも触らせないのだよ・・・だが・・・・・・」
  太一   「・・・・・・・・・」
 そこへお春が両手にお茶の入った茶碗を持ち、“ソロリ・ソロリ”と帰って来た。
 そんな無邪気にも見えるお春を見て、同じように二親がいない者同士だが、お春は太一より、幼くして二親を亡くしたのだ、どんなに辛く悲しかったかと思うと、涙かあふれた。
 太一の前にお茶を差し出すと太一が涙ぐんでいる。
   お春  「じっちゃん・・太一さんは弟子では無いから・・泣くほど厳しくし無くても良いよ!!・・」 
 お春が爺さんに対して、厳しく言った事は今までには無かった。
 爺さんは、お春が太一の事と成ると向きに成ることで、太一を思うお春の気持ちを微笑ましくも思うのだった。
 太一がそれは違うと言いかけたが、それを遮る様に。
  爺さん  「・・そうだ・・そうだな~」
と言いながらお茶を飲んでいた。
 太一はお茶を一息に飲み干して立ち上がり
   太一  「では師匠・・お願いいたします・・」
  爺さん  「おお~・・始めるか・・」
 お春はこの二人の寸劇を見て、検討違な事を言った様な気がした。
  爺さん  「お春・・お前そこで踊ってみろ・・!」
   お春  「・・おど・・踊る・・?」
  爺さん  「何でも良いいから・・動いて見ろ・・」
 踊って見ろ・動いて見ろと、そんなに唐突に言われても、と思いながら少し考えてお春
は、奇妙な動き始めた。
 踊りには見え無いその動きに太一と爺さんはポカンとして見ていた、周りの者達も何が
始まったのかと、呆気に取られていた。
太一は、お春が何をしようとしているのかが解るまでに少し時間が掛かった。
 その間もお春は真剣な顔をして踊っているいや、動いている。
 太一は・・?・・多分・・?・・そうでは無かろうかと思う事が見つかった、確信は無かったが、恐る、恐る。
   太一  「・・解った・・人形の・・人形の振りをしているんだな・?」
   一同   「・・ああ~~??」
        「・・そうか・??・・そう言われれば??そうか~」     
 太一達の言葉に得意そうなお春は、一層動きが良く成ったのだが、皆が楽しそうに笑いながら、見ている中で座頭だけは腕を組み、厳しい目付きでお春を見ていた。
 座頭は芸事には厳しく一途な人で、ふざけた事は決して許さ無い人だった。
 村人たちにたった一日、座員達が芸を教えると言う事さえ、あまり乗り気では無かったからだ。
爺さんが座頭の顔を見てお春が今叱られるのではと慌てて止めた。
  爺さん  「お春・・お春お前が人形の真似をしてどうする・・?・・人形がお前の真似するんだから・・・!」
 お春は爺さんが踊れとか動けと言った意味が初めて分かった。
 素人の太一にお春の動きを見ながら、その動きを、真似て操り方を教えようとしたのだ。 
 お春が人形の真似を止めて踊る、小さな時から芸事は習っていたので、その踊りは確かなもので有ったが、そのお春の踊る姿に、合わせて人形を操る爺さんの芸は、見事なものだった。
   一同  「流石・・名人芸だな~・」
       「たいしたものだ・・まるで生きている様だ・・」
       「お春坊が二人いる様だ・」
 暫く一同が見惚れていると、爺さんが太一に、お春の真似をする様にと人形を渡した。
 太一は人形を受け取る事を躊躇する、その人形は誰にも触らせないと言っていたからだ。
 爺さんは、早く受け取るようにと人形を前に差し出した、太一はお春の顔を見る、お春は微笑みながらうなずいた。
 人形を受け取ると、ずっしりと重い、それは、お春と、お春の両親と爺さんの思いのこもった、重さである。
 太一が人形を抱きお春の傍に立つと、お春は緊張したのかそれとも照れたのか、踊りがぎこちなく変わった。
 太一も又そのお春のぎこちない動きに、合わせた訳では無いのだが、爺さんの動きとは雲泥の差が有った。
 爺さんは無理も無いとは思いながらも、頭を抱えて座り込んでしまう。  
 一同も、がっかりした様に溜息を付き、各自の習い事に戻っていった。
 座頭は、滅多に笑顔を見せない人だったが二人の妙に真剣な真顔に対し、何とも不器用な人形振りとのちぐはぐさが面白かったのか、肩を揺らしながら笑っていた。  
 世話に成った村人達が思いの他、真剣に人形浄瑠璃を習おうとしている姿と楽しそうなみんなを見て、芸事に厳しい座頭も満足なのだろう。

   庄屋  「皆の衆・・そろそろ日も落ちる、明日の旅立ちに差し支えてもいけ無いし・・この辺で・・お開きにしよう        ではないか・・?」
 教える方も教わる側もまだまだ心残りの様子だったが、お互いの事を思いやり、お開きと成った。
   庄屋  「各自これから夕餉の支度も何だから・・此処で夕飯を食べて帰ってくれ・・!」
 女衆が、握り飯と野菜を煮た物、みそ汁の器を運んで来た。
 庄屋さまが何処かで都合して来たのだろうか、それとも正月に振る舞う為の物だったのかは、解ら無いが、白い米に麦を混ぜた握り飯は冬を越す為に、お粥ばかり食べて来た、みんなに取ってはこの上無いご馳走で有った。
 爺さんは、お春が太一と並んで座り、肩を寄せる様にして言葉を交わし、お春が時折声を出して笑う姿に胸が熱くなり、庄屋様に深々と頭を下げた、庄屋様も何かを悟ったのだろうか、頭を下げ返した。
 その後各自が家に帰る、太一達三人は帰ってからも爺さんから、人形の操り方を習っていた。  
 三人が床に着いたのは、真夜中の事で明日の別れを思うと眠れなかった。 

 爺さんは何度も寝返りをしている、お春に小さな声で話かけた。
  爺さん  「・・お春・・寝むれ無いのか・」
       「お春・・お前・・・」
   お春  「・・う・うん・・」
  爺さん  「お春お前は・・此処に残れ・・残っても良いぞ・・・」
   お春  「・・そんな・・何で・・」
  爺さん  「お前が幸せに成ればそれが一番だ・・・」
   お春  「・・・・・・・」
  爺さん  「お春・・わしの事は良い・・わしの事は心配し無くて良い・・わしはまだまだ大丈夫だからな・・」
       「一座の皆も、お前が幸せに成るのなら・・きっと喜んでくれる・・」
       「一座の者は皆お前を自分の娘の様に思って居る、
       「お前が生まれた時、元気な産声を聞いて、みんなが泣いて喜んだ」
       「生まれて間無しのお前の顔を、我先にと覗きこんでは、大騒ぎだった。」
       「おっ母はとってもうれしそうだつた・・。」
       「そんなおっ母が間もなく死んで・・」
       「それからのおっ父は、慣れない子育てに苦労をした、だが、一座の者が交代でおしめを変え、おしめを洗        い、幾晩も夜泣きをするお前を、おっ父と交代でおんぶして、子守唄を歌って、一晩中小屋の周りを歩い          た。」
       「近くに赤ん坊が生まれたと聞くと、誰とは無く、お乳を分けて貰って来た」
       「だからみんな、お春が幸せなら、それで良いんだよ」
       「お春・・お前の好きな様にしたら良いんだぞ・・・」
       「おっ父もおっ母もお春が幸せなら・・喜んでくれる」
   お春  「・・う・うん・・」
  爺さん  「大丈夫・・どんな事が有っても、おっ父とおっ母が守ってくれるからな・・」
       「誰にもお前の幸せはじゃまさせねえ~・・・」
 爺さんの言葉を聞いて思わず、顔を布団で覆ったが、泣きじゃくる声は聞こえた。

 少しは眠れたのだろうか、微かに明るく成り、太一が目を覚ますと、お春が土間の縁に座り、足に「脚絆」を巻いていた。
 爺さんも黙って、お春の傍に腰かけ、旅支度をしていた。
 爺さんは、お春より少し後に目を覚ましたのだが、お春には声を掛ける事は無かった。
太一には、お春の小さく細い後ろ姿がより小さく見えた。
   太一  「・・お・・お春・・・」
 声を掛けようとして、次の言葉を飲み込んだ、今この村に残ってくれと言えば、お春の心を乱すだけに違いない、きっと眠らず、考え貫いた事に違い無かった。
お春もそんな、太一の気配を感じていたのだろうが、そのまま支度を続けていた。
 みんなが集まり始めたのか、表が騒がしく成って、大声でふれて回る声がした。
   村人  「みんな~・・庄屋さまの家の前に集まってくれ~・」
   お春  「・・朝餉の支度はしておいた・・から・・」
 小さな声で言うと、太一の目を見る事も無く、表に走り出た。
 泣き腫れた顔を見せたくは無かったのだろう。

 庄屋さまの家の前には、座頭の傍に一座の者が集まっていた。
 お春は一座の者たちの中に隠れる様に入っていった。
   庄屋  「みんな今日で一座の皆さんとは、お別れです」
       「名残惜しい事だが、目出度い事と思う。」
   座頭  「お世話に成りました。 
       「この御恩は座員一同有難く何時かきっとご恩返しさせていただきます。」
  村人達  「座頭さん・・もう良いよ、昨日たっぷり楽しませてもらったよ~・・」
   庄屋  「その通りだ・・そんな事は気にせず・・達者でな~」
       「これを・・腹の足しに・」
庄屋さまが、風呂敷包みを差し出した。
   座頭   「そう・・そうまでして貰っては・・罰が・・」
   庄屋  「なぁ~に・・昨夜の残り物だ、気にする様な事では無い・・・」
 差し出された包の中は握り飯で有ろうか、ポカポカと温かだった。
   座頭  「何から・・何まで・・」
       「ありがとう御在います。」
 座頭は、風呂敷包を押し頂き、座員達にも礼を言う様に促した。
   座頭  「さぁ~・・・行こうか・・」
 座員達が別れを惜しみながら、座頭の後に続く、お春も爺さんと後に続いた。
 太一は村の外れまで、一座とは距離を置いて付いて行く、一座の姿が段々と小さく成る。
 あの木立の向こうを回れば一座のいや、お春の姿が見え無く成る、そう思うと居たたまれなく成り、太一は有らん限りの声を振り絞り。
   太一  「お春~~・・・!」
 と叫んだ、その声は、周りの山に木霊してお春に届いた、お春は立ち止まると、最後にもう一度太一の姿を見たかった。
座員のみんなも各自楽しそうに話していたが一瞬黙り込んだ。
 お春は、振り返って太一の姿を見たら、きっと太一の元へ駆け寄ってしまうに違いない、お春は太一への思いを振り切る様に、一座の前に駆け出し、自分の姿を隠すので有った。
 太一も又、走り去り自分の姿を一座の陰に隠したお春の気持ちが愛おしくも悲しく、一座は木立の向こうに消えていった。
一座の姿が見えなく成っても、その場に立ち尽くしていた。

 太一が家に戻ったのは、お春が見え無く成ってから随分あとの事で有った。
 又、一段と冷え雪も降りだし、戸を開けると冷え切った家の中には、お春も爺さんの姿も、声も無い、寂しさが増してくる。
 「また、一人ぽっちか・・・」太一は、ポツリと呟いた。
火の気の無い囲炉裏の前に座ると、お春の居た場所を無意識のうち眺めていた。
囲炉裏には、鍋が掛けて有って冷たく成っていた。
火をおこし、暫くすると鍋の中でグツグツとお粥の煮える音がする。
お春が、朝餉の支度は出来ていると言っていた事を思い出すと、鍋の蓋を取った、湯気が太一の顔をお粥の匂いとともに撫ぜる。
鍋の中は白い飯が入っていて、芋と大根の薄いお粥では無い、お春が、夕べ庄屋さまが振る舞ってくれた握り飯を食べずに持ち帰り、鍋に入れたのだろう。
 お春の「握り飯泥棒」がそう呟いて、一口食べる、塩味が効いて、温かくて涙がこぼれた。
 お春の気持ちが嬉しくて、茶碗を頬に押し当てた、その温かさが身に沁み、声を出して泣いた。
 家の中も少し暖かく成り、ふと気づくと何時もの場所に葛籠が置いて有る。
 葛籠を忘れるとは、いつも人形を大事にしまい込んでいるのに、まさかと思いながら葛籠を開けると、中には人形が入っていた。
 慌てて、葛籠を担ぎ表に飛び出したが、とっくに辺りは暗く成っていた。
   太一  「こんな大事な物を忘れて、困っているだろう」。
    「早く届け無くては・・、」
 明日の朝一番で、一座を追いかければ、もう一度お春に会える、と思うと嬉しくも有った。
   太一  「寒かろう・・・囲炉裏の傍に行こうな・・・!」
まるでお春に話しかける様に、囲炉裏の傍に座らせる。
白い人形の顔に囲炉裏の火がゆらゆらと映り、嬉しそうに話しかけるお春に見える。
爺さんが教えてくれた、人形の頭を少し上に向けると、一層楽しげに見える。
太一は我を忘れて、爺さんに教えて貰った様に、お春の仕草を真似していた。

幾日か過ぎ、太一の家の前に村の者が数人集り。
  村人A  「この頃太一を見かけたか?」
    B  「いいや・・?・この前一座との別れの時、庄屋さまの家の前で見かけただけだ・・?・」
    C  「家の前の雪かきも出来ていないし、・・?」
  村人A  「家の中を覗いて見ろよ・・」
    B  「お前・・覗いて見ろ・・」
 村人の一人が、少しだけ戸を開けて覗き込んだ、覗き込み乍ら、驚いた様に手招きをする。  
  村人A  「・・来て見ろ・・お‥お春坊が・・お春坊がいる・」
    B  「・・ばかを言え・・お春坊は、もうとっくに上方に着いている・・?」 
  村人A  「・・見てみろ・・本当にお春坊が居るんだ・・」
 そこへ、庄屋さまが太一の事を心配して来たのだろう。
   庄屋  「・・どうした・・お前たちも、太一の事が心配か・?」
  村人A  「あッ・・庄屋さま・・」
    B  「お春坊が居るんだよ・?」
  村人A  「お春坊が・・踊っている・・?」
   庄屋  「お春が居るなら、目出度い事だが・・踊っているとは~・・?」
       「太一・・いるのか・・?」
 戸を開け、
   庄屋  「太一・・入るぞ・・」
 庄屋さまが中へ入ると、村人達も後を付いて入る。
太一が操る人形を見たので有る、正にお春が踊っている様だった。
  太一  「爺さんとお春が忘れて行きました・・。」
      「返さ無くてはと思いながら・・つい・・今まで・・・」
  庄屋  「忘れたのでは無かろう」
      「爺さんとお春に取っては大事な人形だ・・わざと置いて行った・・お春の代わりに・・・」
 庄屋さまの言う通り、爺さんとお春は家を出る時、葛籠を持たずに出て行った、太一が気付か無くても、この娘人形は一座にとっても大事な人形で有り、座頭も一座の者達も、爺さんとお春が娘人形を置いて行く事に気付いていた筈である。
 お春の気持ちを思いやり、みんなが見て見ぬふりをしたのだろう。
 庄屋様は、お春の身代わりか、それともまた何時か戻ってくると言う事なのか。
 何時かきっと、太一に会いに来るに違いないと思ったが、今の太一に気休めに成ると言葉には出さなかった。
 太一の操る人形は、爺さんの教えた様に、いやそれ以上にお春が乗り移った様で、見事としか言いようが無かった。

 一方、上方に行った一座は、娘の人形を操る爺さんの名人芸を楽しみにしていた者が多く、娘人形が無い一座は、客足が遠のき各席は疎らで、不人気一座と成ってはいた、人気役者が居ない芝居に客がつかないその為、看板を下ろす演劇一座が有るように、客はそんな一座を冷やかしに来たやじ馬だけで、 
   やじ馬A  「昼寝するために高い木戸銭を払ったじゃ~ァね~ぞ~ォ」
   やじ馬B  「・・そうだ・・そうだ~・・・十八番をやってみせろ~・・・」 
 だがそんなやじ馬達を黙らせたのが、娘人形の代わりに一座の娘が、人形の振りをして踊る、お春の姿だった。
 その人形振りが見事だと評判を得て人気を取り戻し、日に日に観客が増えた、その評判の出所は、あのやじ馬の若者たちだった。
 何時かこの村で、お春が真似た人形の、あのぎこちない動きは、座頭と爺さんの厳しい稽古に、お春が絶えたに違いない、人々に感動を与える、立派な芸に育ったのだろう。

 そうして月日は流れ、この村では、若者が人形の「頭」を彫り、「カラクリ」を作った、そしてその女房が「人形の着物」を縫った。
 一体、又一体、人形が増えて、この村の夫婦が遺した人形は、代々村人達に引き継がれ今に至っている。

 この村の記録によると、天保六年(西暦1835年冬)、阿波の国の人形浄瑠璃一座が大雪の為、この地に足止めされた、と記されている。

 命を救われた事、その厚いもてなしに感謝したので有ろう、その後一座は幾度と無くこの地を訪れ、人形浄瑠璃を村人に教え伝えたと言う。

 だが、村の若者の元に嫁いだのが、旅回りの浄瑠璃一座のお春かどうかは定かでは無い。
 それは、遠い・・・昔の話である。・・・・・・・おわり・・・・・・・

元野 敏
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元野 敏

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