1 私は姫武将になる!
「ーえっと、これは何かな? お祖父ちゃん」
「見ればわかるじゃろ、甲冑じゃ。アカネちゃんはこれを着て戦で名を上げるのだ!」
4月28日、20時。私の18歳の誕生日にしてゴールデンウィークの前日。滋賀県、長浜市にある我が家でのこと。
突如、お祖父ちゃんが「戦」で名を上げろと言い出した。
いやいや、ちょっと待って!
戦とか言ってるけど日本は超平和だし!
先祖伝来の甲冑を着て戦争とかありえないっしょ!
「お祖父ちゃん! あんた呆けたんだ! 病院へ行こう! 痴呆症は早期治療が重要だって聞いたことがある!」
「落ち着きなさい、アカネちゃん」
「これが落ち着いてられるか! 女子高生が痴呆老人の介護なんて笑い話にもならない! 人生を滅茶苦茶にされてたまるか!」
「だから落ち着くのじゃ、我が孫よ。そして唯一の家族よ。ワシは呆けてない。この眼を見なさい。これが呆け老人の眼かね?」
祖父の眼をじっと見る。するとその眼が下へ移動した。視線の先に何があるかと思えば私のおっぱいであった。
胸元がヨレヨレのTシャツを着てたのは油断であった。
「このスケベ! 孫に欲情するとか死んだ祖母ちゃんに申しわけないと思わないのか!」
「18歳にもなって、そんなくたびれたTシャツを着てるのがいけないのじゃ。しかも、その歳で彼氏がいないなど天国の祖母ちゃんも泣いておるぞ」
人が気にしてることを…。けどお祖父ちゃんは呆けてなくて一安心。
「呆けてないなら、甲冑を着て戦えってどういうこと?」
「ほれ、明日から長浜戦国祭りがあるじゃろ?」
「うん、ある」
長浜戦国祭りとは10年前に地元の有志が始めた戦国時代をテーマにしたお祭りだ。
始まった当初は趣味でダンボールの甲冑を作ってるおじさんたちが商店街をパレードするだけだったのだが、それが観光客にウケてSNSで拡散。年々、参加者が増え、今では地元、長浜市を代表する祭りとして知られている。
「それで長浜戦国祭りがどうしたの? もしかして私と行きたいとか? バイトあるから無理だよ?」
お祖父ちゃんは呆れた顔をしてあごひげを撫でた。
「その様子では何も知らぬようじゃな。今年の祭りでは女子の健やかな成長を願って、新たなイベントが企画されたのだ」
「新たなイベント? 何かやるの?」
「うむ。その名も姫武将コンテスト。ちなみに賞金30万円じゃ!」
30万円!?
「いつから長浜ってそんなリッチになったの!? というか30万あったら私、大学に行けるじゃん! 大学に入れたら大企業に就職してエリートコースを歩めるじゃん! なんで教えてくれなかったのさ!」
「だから今、教えているのだ」
「いや、教えるの遅いし! 知ってたらバイト入れなかったのに! コンテスト出たのに!」
「そう言うと思って、バイト先にはワシが代わりに行くと電話しておいた。心配ない」
「手回しがいいね! さっきは呆けたとか言ってごめん! ……あ、でも待てよ。姫武将コンテストって美少女コンテストみたいなものだよね? 残念ながら私は美少女のカテゴリからハズレた一般女子だ。 五千円のバイトやってた方がいいかも」
ほら、地方の美少女コンテストってアイドルを目指してる子が実績を作るために参加するって聞いたことがある。私なんかがそんな「ガチ勢」と張り合えるわけない。賞金を手にできる可能性は限りなく低いだろう。
「アカネちゃん。よく聞きなさい。君はたしかに美少女のカテゴリからハズレた一般女子だ。どこにでもいる冴えない女子高生である」
「唯一の肉親からそう言われると傷つくなぁ……」
「だがしかし、我が家には『チートアイテム』がある。だから心配無用なのじゃ」
「チートアイテム?」
そんなのあったかな。お爺ちゃんを見ると我が家の汚らしい甲冑を指差していた。
「ええーっ。こどもの日にしか出番のない甲冑がチートアイテム?」
「うむ。姫武将コンテストは甲冑を着ることが参加条件になっている。このご先祖様から受け継いだ本物の甲冑をセーラー服の上から着れば戦国女子高生の爆誕じゃ。審査員の目を惹けるとは思わぬかね? 30万円も夢ではないと思わぬか?」
ん?
なるほど、なるほど!
きっとアイドル志望どもは甲冑を用意するのも大変なはずだ。そこへ先祖伝来の甲冑を身に纏った女子高生が現れたらどうなるだろう? 本物志向が尊ばれるようになったこのご時世、冴えない私にもワンチャンあるかもしれない!
「お祖父ちゃん、私、やるよ! 私は姫武将になる!」