2 なんか変だな……
翌日。
「うわぁ、すごい人手だぁ〜」
エントリー受付時間の午後二時に合わせて長浜駅に到着すると、どこも人、人、人の大賑わいだった。
しかも、みんな兜や甲冑でコスプレしてて、まるでタイムスリップしたみたい。外国人旅行者の姿も目立つ。
「ワーオ! ヨロイJK! アメイジーング!」
「さんきゅー、さんきゅー、あめいじんぐさんきゅー♡」
お祖父ちゃんの目論見通りセーラー服に甲冑を着込んだ私は色モノ好きな外国人にモテモテだ。
だがしかし…
「今時、女子高生ネタで狙うとかないっしょー」
などと我が国の歴史オタクたちからは大不評。天気は快晴だけど、心の中は曇っていく。
基本、私は根暗で冴えない女子高生である。
賞金に釣られて飛び入り参加することにしたけど、よくよく考えれば顔面偏差値50前後の私が優勝できるわけない。
やっぱり出るのをやめよう。
そう思いつつも、賞金を諦められないでいるうちに長浜城正面にある受付テントに着いてしまった。
「……あれ? 思ってたより可愛い子少ないな」
他人様をどうこう言える顔じゃないけど、受付に並ぶ女性たちが可愛くないことに気づいた。なぜだか筋肉ムキムキの女性が目立つのだ。
「並ぶところ間違っちゃったかな……。あのぅ、ここは姫武将コンテストの列でしょうか」
「ええ、そうよ。思ってたより参加者が多くて驚いたわ」
最後尾の人に聞いてみると親切に教えてくれた。
しかし、たまたま声を掛けてみたこの人、二の腕がめっちゃ太い。
「すごい筋肉ですね。ベルセルクのガッツみたいです」
「ありがとう。ボディビルダーをやってるのよ。今日はこの筋肉を活かしてがんばるつもり。よろしくね」
なるほど、この人は筋肉美で勝負するんだ。言われてみれば「姫武将」を決めるコンテストだ。「姫」の要素だけでなく「武将」の要素も重視されるのかもしれない。
「そこのあなた。姫武将コンテストのエントリー列はここでいいのかしら?」
ふいに背後から声をかけられた。振り返ってみるとそこには、
「うひょー、美少女きたぁー!」
可憐な黒髪ロングの美少女が立っていた。むっちゃ可愛い。
「あの、質問に答えてくださらない? ここはコンテストの列なの?」
「ええ、そうです、姫」
「ならいいわ。まったくマネージャーときたら、私をほっぽりだして何をやってるのか…」
うわぁ、マネージャーだって! 想像していたけど、やはりガチのアイドルも参加するみたいだ。
けれど彼女みたいな可愛い系はごく少数で、受付の列に並んでいるのはボディビルダーさんを筆頭に、体育会系やアスリートっぽい人が多い。ほかに目立つのは煌びやかな鎧を着た大道芸人みたいな人だ。
なんかイメージしてたのとちがうな〜って思っているうちにエントリーの列は進み、私の番になった。
「おや、アカネちゃんじゃないか。友山さんのところの」
「あ、役場のおじさん。受付をお願いします」
「オッケー。参加条件の甲冑を着てるし問題ナッシング。ここに名前と住所書いて。それと兜を貸すから被ってねぇ」
知り合いが受付でよかった。言われたとおり兜を被って、名前と住所を用紙に書く。
「書けました」
「じゃ、次はスプレーだ」
役場のおじさんはプシューっと謎のスプレーを私の全身に吹きかけた。むせる。
「ゲホゲホ。なんですか、これ?」
「新開発された『戦国スプレー』だよ。本物の刀で斬られても怪我をしないっていう優れものさ」
スプレーされたところを撫でてみると、めっちゃ硬くなっていた。甲冑や服だけでなく身体全体が硬くなった感じだ。
「す、すごいスプレーがあるもんなんですね!」
「科学もここまで来ると魔法だよ。それじゃ、次はくじ引きだ」
くじ? 隣で控えてた若手の職員さんが箱を私に向ける。手を突っ込んで1枚引いてみると「国友装備」と書かれてあった。
「こんなん出ました」
「おお、レア装備だ。ステージの前で配ってるから、そっちで受け取ってね。それじゃ、お次の方〜」
とりあえず言われたとおりステージ前へ向かう。
そこには、のぼり旗が並んでおり「国友」って書かれた旗の前で係員が私を手招きしてた。
「ご当選おめでとう〜。こちらが国友ゆかりの装備になります。がんばってくださいねぇ」
行ってみると係の人から歴史の教科書で見たことのある物体を差し出された。受け取った私はズシリとした重さにつんのめってしまった。
「な、なんですか、この物騒なものは!」
「火縄銃ですよ」
そう、火縄銃。
種子島から伝来したアレだ。あんまりメジャーじゃないけど長浜近辺で大量生産されてた聞いたことがある。
「いやいや。こんなん渡されたら銃刀法違反で捕まっちゃいますって!」
「大丈夫ですよ。見た目と構造だけパクった偽物ですから」
「えっと、モデルガンみたいな?」
「まぁ、似たようなものですね。けど、ビームが出るからコンテストが始まるまで撃っちゃダメですからね」
ビームが出る火縄銃…だと?
つまりビーム火縄銃? 古いんだか新しいんだかわからない火縄銃だ。
というか、このイベント、美少女コンテストじゃないの?
あたりを見回すと、前の人たちもビーム火縄銃を持っており、隣の「石田」って書かれた旗の列には日本刀を腰に下げた人が並んでいる。さらに隣の「浅井」の旗に並ぶ人は弓矢を持っていた。
「あら、さっきのお嬢ちゃん。君は火縄銃かぁ。くじ運が強いなぁ」
「そう言うあなたはボディビルダーさん! このイベントって本当に姫武将コンテストなんですよね?」
「だからそうだってば。あたしは『山内』の槍を引いたんだ。高校の部活で薙刀をやってたからラッキーだったわ。優勝を狙えるかも」
ボディビルダーさんが持ってるのは長い槍だ。
ギラリと光る穂先を見て「まさか本物!?」と思ったけど、私の視線に気づいた彼女は槍の先端を地面に当ててみせた。穂先がグニャリと曲がる。
「あ、槍も偽物なんですね。よくできてますね」
「うん。詳しくは知らないけど最先端の素材を使ってるみたい。本物はさすがに危ないからね」
シュッと宙に向かって槍を突いてみせるボディビルダーさん。
すると、その穂先には落ち葉が刺さってた。偽物の槍でコレとか、おっかない人だ。
なんとなく周囲を見回すと、他の参加者たちも武器の具合をたしかめていた。
刀を持ってる人が一番多くて全体の八割くらいだ。次いで槍、弓矢、火縄銃の順に少なくなっていく。銃を持ってるのは私を含めて5人しかいないので「レア装備」というのは本当のようだ。
「えー、皆さん。ご注目ください」
突如、戦国時代っぽいBGMとともにステージに現れたのは夕方のニュースでよく見る長沼アナウンサーだ。
ステージ奥に設けられた巨大モニターに着物姿の長沼アナがアップで映る。
「本日は『姫武将コンテスト』にお集まりいただきありがとうございます! 司会の長沼です! そして、こちらは長浜市観光PRキャラ三成くん!」
ステージ端から大人気のゆるキャラが現れ「きゃー」と歓声があがった。このあたりは女性オンリーイベントっぽい。そこへ彼女たちのテンションをさらにあげる人物が颯爽と現れた。
「こんにちわー、皆さん! 松坂ススムです! 今日は盛り上がっていきましょう!」
おお! イケメン俳優の松坂くんじゃないか! 人気急上昇中の松坂くんを呼ぶなんて長浜市もなかなかやる! 若武者風の陣羽織もよく似合ってる!
「では、皆さん、すでにご存知だとは思いますがコンテストのルールについて説明します。まずはこちらをごらんください」
アナウンサーが着物の懐から取りだしたのはスマートフォンだ。画面には金色の小判が表示されている。
「今回、協賛企業様のご協力のもと『投げ銭アプリ』を開発しました。このアプリがどういったものか、三成くんと一緒に説明します」
スマホを持った三成君がステージ中央にトタトタと移動。そして、愛らしいダンスを披露した。
みんな拍手。
そこへ長沼アナが「投げ銭アプリ」が入ったスマホを振る。すると「チャリーン」という音とともに小判が消え、三成君のスマホに「小判1枚ゲット」と表示された。
「今回、お祭りにいらっしゃった観光客の皆さんに小判が10枚入った『投げ銭アプリ』をインストールしてもらってます。皆さんの目的はその小判を集めることです。最終的にもっとも小判の数が多い人が優勝になります」
なるほどぉ。パフォーマンスしてポイントを集めるコンテストだったのかぁ。
でも待てよ?
だったら、この火縄銃や槍は何に使うんだろ? 疑問に思うも長沼アナの説明は続く。
「小判はお客さんから投げてもらう方法と合わせて、三つの入手方法があります。続いて三成くんにはお店の店員になってもらい二つ目の方法を説明しましょう」
ゆるキャラ君の肩に「店員」と書かれたタスキがかけられ「長沼まんじゅう」が渡された。
このところ観光協会がプッシュしてるお土産だ。ちなみにお値段は120円。激安。
「黒壁スクエア周辺では長浜まんじゅうをはじめ、長浜名産の魅力的なお土産を販売しています。本日、協賛店舗には三成くんと同じタスキをつけた店員がいます。声をかけると長浜名産のお土産をもらえるので、長浜城で待つ松阪くんのところまで運びましょう。見事、配達に成功すると小判をもらえます。報酬は品物によって変わりますが大体は『30小判』。なかにはボーナス土産として『300小判』のお土産も存在します。投げ銭を貰うのもよし、配達して稼ぐのもよし、そこは皆さんのご判断におまかせします」
なるほど、なるほど!
商店街のお店でお土産をもらって、ここまで届ければ松阪くんから小判もらえるわけだ。
しかもボーナスアイテムまであるという。パフオーマンスより効率がいいかも。
けど、長浜城から商店街までだいぶ距離があるなぁ。一キロくらい? 往復するだけでだいぶ時間がかかりそうだ…
あ、そうか!
だから陸上選手みたいな人たちが参加してるんだ。彼女たちは自慢の「脚」で稼ぐつもりなのだ。
でも、さっきから気になってるけど、この武器は何に使うんだろ?
「えー、それでは最後にもうひとつ小判を手に入れる方法を説明します。三成くん、これを持って」
今度は三成くんに刀が手渡された。その正面にアナウンサーが立つ。そして、
「さぁ、三成くん。僕を斬って!」
長沼アナがそんなマゾいことを言い放った。
瞬間、三成くんがつぶらな瞳を輝かせてアナウンサーに刀を振り下ろした。
袈裟懸けに斬られた長沼アナは「ぐえー」と断末魔の叫びをあげて倒れ、モニターには切り口からバチバチとピンク色の光を発しながら痙攣するアナウンサーの変顔が大映りになった。
おいおい、大丈夫かよ……と思ったけど、痙攣は五秒ほどで収まり、長沼アナは軽い身のこなしで立ち上がった。
「えー、こうして斬られると『戦国スプレー』の効果によって、皆さんは安全と引き換えに『変顔』のまましばらく動けなくなります。こうなると『討ち死』と判断されて失格になります。そして、勝者には斬った人が集めた小判がすべて振り込まれます」
……なるほど、なるほど、なるほど。
武器を渡されたのはこのためだったか。
ようするにライバルを「討ち死」にさせ、「追い剥ぎ」できるわけだ。
周りを見回すとボディビルダーさんを始め、マッチョな女子たちが不敵な笑みを浮かべていた。
きっと、ここにいる多くの「武芸者」たちは小判を集めるよりも奪う方が効率的だと考えてエントリーしたのだろう。
で、可愛くて非力な子は「こんな野蛮なコンテストは無理ですぅ(>_<)」といった具合に参加を見合わせたにちがいない。
私はようやくこのコンテストが美少女コンテストではないことを理解した。
「えー、それと会場には皆さんの奮闘を撮影するためドローンが飛んでいます。また、お渡しした兜には小型カメラがついておりまして、ドローンの空撮動画と併せてインターネットで生配信されます。今回『ネット民』にも小判を五枚配布してます。臨場感溢れるプレイで世界中の人たちを魅了し、投げ銭してもらいましょう」
ネット配信だってさ。
いつから、こんなグローバルになったんだろ、長浜は。
それはともかく、斬られたらアナウンサーみたいに痙攣して変顔をするってことだよね?
で、それが全世界に配信されるってこと?
そこに気づいた私は「こんなの無理ですぅ(>_<)」と言って逃げ出したくなった。
しかし会場の空気はもはや辞退者を許すような感じではない。
陣羽織をまとったイケメン俳優が立ち上がる。
「それでは松阪くんの合図とともにコンテストを開始します。姫武将の皆さん、武器を掲げてください」
集った100名の女たちが一斉に武器を掲げた。仕方ないので私も皆さんに合わせてビーム火縄銃の銃口を空に向ける。けっこう重い。
「さぁ、皆さん。出陣です!」
松阪くんが扇を振り下ろした。
それを合図に大砲がドッカン、ドッカン音を立て、居並ぶ鎧武者のおじさんたちがパオーンと法螺貝を響かせた。
そして、姫武将たちは合図と同時にドドドドと土煙をあげて商店街へ駆けていく。
見物していた観光客は歓声を送り、大盛り上がり。まるで本物の戦が始まったみたいだ。
そんな中、ステージ前に立ち尽くす私。
「……どうしよ。こんなの想定外だよぉ」