3 みんな大好き、アイドル武将!
まさか「姫武将コンテスト」がこんな野蛮なイベントだと思わなかった。
基本的に私は顔も悪ければ、勉強や運動も不得意な女子高生である。
パフォーマンスして観光客から投げ銭してもらえるような特技なんてないし、チャンバラして敵を倒すのはもっと無理。
「消去法で考えると、お土産運びで小判を稼ぐのがベストだよな…」
ただ、お土産の配達にあたって考えられるリスクは…。
突如、会場の入り口から「ぎょえー」という悲鳴が聞こえた。
見れば、長浜名物「鮒鮨」を持ったアスリート系の参加者がプロレスラーみたいな女性に斬られたところだった。
ステージ上の大型モニターにアスリート女子の変顔がアップで映り、実況放送が始まる。
「早くも失格者が出ました! ハンドルネーム『蘭』さん、討ち死にです!」
開始、五分も経たずにひとり脱落してしまった。
斬ったプロレスラー女子はアスリートが運んでた「鮒鮨」を拾ってステージへ運ぶ。
「ハンドルネーム『マッチョ』さん、長浜名物を松阪くんに渡して小判30枚をゲット! おっと、お客さんが健闘を称えて小判を5枚投げました! これで35枚! 現在トップです! ほかのみなさんもがんばりましょう!」
敵を倒したうえ、運んでいた品物を奪って小判を稼ぐとは野蛮な…。
義理も人情もないけど、観戦してる観光客は大喜びだ。
こうした参加型のイベントはいくらでもあるけど、これほどガチなのは珍しい。見る方はそりゃ楽しいだろう。
けれどやる方は楽しんでられない。
斬られたら変顔をネットで公開されるのだ。思春期の女子としては死ぬよりもつらい。
こりゃ本気を出さなきゃなぁと思ってると、「マッチョ」さんが次の獲物を探しているのに気づいた。
みつかったら斬られちゃう! 私は反射的に受付テントに飛び込んで隠れた。
「おや、アカネちゃんは昔から臆病だねぇ」
(静かにしてください、役場のおじちゃん! みつかっちゃうじゃないですか!)
「ん? みつかったら、その火縄銃で撃てばいいじゃないか」
あ、そういえば私も武器を持ってるんだった。
私は火縄銃で、敵は刀。
もしかして、大当たりな武器を引いたんじゃない?
「ねぇ、おじさん。これってどうやって撃つの?」
「ごめんよ。運営スタッフだから教えてあげられないんだ」
そりゃそうか。
でもまぁ、銃なんて引き金を引けば撃てるものでしょ。
映画やアニメに出てくるスナイパーっぽく銃を構えて、マッチョさんの後ろ姿を狙う。
そして引き金を引く。
カチン!
しかし弾が出なかった。
虚しく金属音が響いただけだ。
「ど、どういうこと!? なんで弾が出ないの!?」
何度、引き金を引いても弾が出ない。カチカチと音がするだけである。
しかもその音でマッチョさんに気付かれてしまった。
「やば、みつかっちゃった…!」
マッチョさんはニンマリと笑いながら刀を振り上げて私に迫ってくる。
引き金を引くものの、やはり弾は出ない。
ええい、なんだこのポンコツは!
もはやこれまで。
こうなったら逃げよう。
でも、テントの背後は石垣で逃げ場がない。もしかして詰んでるってやつ!?
討ち死にを覚悟したそのときだ。
タンッ。
乾いた音が周囲に響いた。
途端、ピンク色の閃光が弾け、マッチョさんが刀を振り上げたままドウと倒れた。
「大丈夫かしら? お嬢さん」
倒れた巨体の向こうにいたのは弓を構えた美少女だ。
受付のとき、私の後ろに並んだあの美少女アイドルである。彼女の周囲には撮影ドローンが何台も飛び交っている。
「あ、はい。おかげさまで……」
そう応じるとアイドルさんがニッコリと笑みを浮かべた。かわいい。
「無事でよかったわ! あなたを助けられてよかった♡」
なんて素敵なアイドル! この子のファンになろうと固く誓ってると、そのアイドルが私の兜についたマイクを手で押さえ、何やら小声で呟いた。
(あなた名前は?)
(友山アカネ、ですけど)
(じゃあ、アカネさん。助けてやったんだから言うことを聞きなさい。まずは私の名前を尋ねる。それから私を誉め称える。いいわね? やらなきゃ、このまま射殺すわよ?)
お、おう? まぁ、助けられたわけだし言うとおりにしよう。
「あ、あの。お名前は?」
「私は上田京香! 職業はアイドルよ!」
「上田京香ちゃん! なんてお強いのかしら! おかげで助かりましたわ!」
「礼には及ばないわ! だって、私はアイドルなんですもの! あ、いけない。長浜名物『近江牛』を届けてるところだった! あなたもがんばってね、それじゃ!」
ドローンのカメラに長浜名物を見せつけ、松坂くんのところへ可憐に駆けていくアイドル上田京香さん。
アナウンサーの声がスピーカーから会場に響き渡る。
「我が身の危険を省みず地元女子高生を救った上田京香さん! まさに姫武将! 観光客からも次々と投げ銭されます! おお、小判10枚が一気に投げられた! すごい! 地元女子高生を救った、上田京香ちゃん、大人気だぁ!」
ステージに据え置かれたモニターを見ると、京香ちゃんが「キラッ☆」とアイドルっぽいポーズを決めていた。あざとい。
どうやら「地元女子高生」は自己アピールのために助けられたみたいだ。したたかなアイドルである。
それはべつにいいけど、なんなんだ、この火縄銃は!
まるで使い物にならないじゃないか!