大切な出会いの入り口
「あ〜、香ばしい匂いが私を呼んでる!」そう叫んだこの変わり者は、柳リリエ。一緒に降りた他の客が、彼女をジロジロ見るのも無理はない。高校生の女の子が鼻の穴を倍に広げて匂いを嗅ぎ、黒い大きなリュックを背負い、肌寒い秋の朝を白いTシャツで歩いているのだから。増して、緑色のおかっぱを激しく左右に揺らして「これはきっとパンの匂い!どこで焼いてるの?」と、大声で辺りを見渡しているのだから尚更だ。リリエは走り出し、駅の改札をくぐった。辿り着いたのは、父の故郷だという長浜市。朝早く起きて電車に揺られること数時間、前から興味のあったこの地へ彼女はやって来たのだった。
すると後ろから、「お嬢さん、落としものですよ」と駅員のおじさんが真っ黒な小袋を持ってリリエに声をかけた。「あ、いけない!これとっても大事なものなんです、ありがとうございます!」と明るく礼を言って受け取る。「割れてないかなあ」と中身を確認するリリエに駅員は「朝から元気なんですね」とにっこり言った。「良かった、割れてない!」と、ガラスでできた小さなペンダントが無事であることに安堵すると、駅員は驚いた表情で見つめた。「それ、誰から貰ったんですか?」と駅員に尋ねられたリリエは「母からです。小さい頃に貰って。父の形見らしいんです。」と答えた。生まれる前から父親が他界して顔をみたことがないリリエは、父親の写真が入ったこのペンダントを肌身離さず持ち歩いている。「そうですか・・・」と静かに答える駅員に、きっと可哀想な女の子だ、と憐れまれたのだと思った。すると駅員はさっと奥に入り、何やら緑色の布らしきものを持ってきた。マフラーのようだが、随分と古くとても綺麗とは言えない。「そんな格好じゃ風邪をひきますよ。これを持って行きなさい」と駅員はリリエにマフラーを半ば無理矢理巻いた。「え、でもこれおじさんのでしょ?貰う訳にはいきません」と答えると、「良いんだ。帰りに返してくれれば」と微笑んだ。「ありがとうございます」とリリエは親切な駅員に感謝しながら、「そういえばこの街には、変わった人たちが住んでるって聞いたんですけど、何か知ってますか?とても気になってるんです!」と興奮して尋ねた。そう、長浜市へ訪れた理由は父親の故郷を見てみたいという他に、不思議な現象が多々起こっているという噂を確かめる為でもあった。こういう噂が大好きな彼女は、一人飛行機に乗り込み、電車に乗ってやって来たのだ。「ああ、この街は歴史がまだ生きているんだ。君もきっと会えるだろう。ここを出てパンの匂いに向かって行けば、その辺りに風変りな物知りのおばあさんがいるから聞いてみるといい」と駅員は意味深に話した。「歴史が生きてる?」と言葉の意味を考えながら、リリエは駅員に挨拶をして香ばしい匂いの方へ走り出した。