クロームぱんとド派手な老婆
走り疲れてゆっくり歩くことにしたリリエは、黒色の建物が並ぶ街へ着いた。辺りはたくさんの人々で賑わい、食べ歩きをしたり雑貨を眺めたりしている。「あ、あそこだ!」リリエは探していたパン屋を見つけた。真っ黒で時代を感じさせる風格のある建物だ。朝ごはんを食べていないリリエは、無我夢中でパン屋に駆け込んだ。
入ってみると、客で混み合う店内に黒色のパンがこれでもかと山積みにされている。割り込み、何とかパンを掴んだリリエは自分がバーゲンセールに参加する主婦に思えた。「いらっしゃいませー!うちの看板商品、クロームぱん!焼きたてですよ」と少年が大きな声で売り込みをしている。リリエは彼に「このパン、なんで黒いんですか?」と興味津々に尋ねた。「クロームぱんにはごまや小豆が練りこまれているからなんです。この黒壁商店街にちなんで考えたんですよ」とにこやかに答えた。爽やかで背は高いが、中学生くらいのあどけなさが残るイケメンだ。「どんなパンがおススメですか?」と物色しながら尋ねたが、振り向くと少年はいなかった。混み合う客の中へと消えてしまったようだ。
何とかクロワッサンとメロンパンもゲットしたリリエはレジを済ませ、パン屋を出た。「いただきまーす!」と、小さめなリリエの口がブラックホールのように大きく開き、クロームぱんはみるみると吸い込まれた。「おいしい!新感覚だなあ」と食べながら歩くリリエに「そこの若い娘!待ちな!」と老婆が声をかけてかけた。パンに夢中だったリリエはそのまま通り過ぎようとしたが、「緑色のおまえさんのことだ!」と言われて「あ、私のこと?」と振り向いた。緑のマフラーのお陰で、自分はいつも以上に緑色だらけだ。「私に何か?あっ、もしかしておばあさんは!」と、まだパンを口に含んでいるリリエは「風変りで物知りなおばあさんですね!」ともごもご言った。老婆は「何だと?失礼な!」と怒り始めたが、周りで見ていた人々は当然だ、と思っていたに違いない。しかしリリエはそんなことなどお構いなしだ。なぜすぐに気づいたかというと、白と黒が入り混じった髪が逆立ち、服はピンクで派手な化粧という、変わった見た目をしているからだ。「おいくつなんですか?おばあちゃん」とリリエが聞くと、老婆は「今年で80歳さ。おばあちゃんなどと呼ぶな、私はマリコだ」と答えた。するとマリコの表情が厳しくなり、「ところで私がおまえさんを引き止めたのはな、今まで感じたことのないオーラを放っているからだ。一体何者だ?」とリリエに詰め寄った。「オーラってそんなあ!私は柳リリエって言います」と彼女は褒められたと思い、頭を掻きながらニヤニヤして名乗った。「長浜の者ではないのだろう?」と聞かれ、「はい。宮古島から来ました」と答えた。宮古島は母の出身地で、今は二人で暮らしている。温暖でゆったりとした生活が、この自由過ぎるリリエの性格を作ったのだろう。「ふーむ。来た目的は何だい?まさかこの地を荒らしに来たんじゃないだろうね・・・!」とマリコが凄んだ。ただでさえ極太のアイラインが目立つというのに、鋭く睨まれて流石のリリエも後ずさりした。「そ、そんな訳ありません!不思議な噂を聞いているのでこの目で見たいと思ったんです。それに父の故郷を知りたかったから」と必死に誤解を解こうとするリリエに「父の故郷か。柳なあ、はてどこかで」と呟いてから、彼女は「まあいいだろう、話してやる。私は物知りだからな」と鼻をふんと鳴らし、後ろにある木製の椅子に腰掛けた。